未来予知は科学の話
「天気予報って未来がわかるんですね!」。ちょうど今放映中のNHKの連続テレビ小説「おかえりモネ」のヒロインが叫ぶセリフだ。ホントだ、未来じゃん……と私も今更気がついてヒロインと同じ表情になった。毎日なにげなくチェックしている天気予報は未来の話。未来予知は、ファンタジーや魔法ではなく、科学の領域の話。天気予報すごい!
このシーンをきっかけに宮城県気仙沼出身のヒロインは気象予報士を目指す。いいドラマなんですよ。
そんなミーハー心から『図解・天気予報入門』を手に取った。読んでよかった! 「おかえりモネ」の背景に広がる世界に思いを馳せることもできたが(ヒロインがものすごくがんばって気象予報士になったんだなあとわかる)、それよりなにより毎日当たり前のように見てきた天気予報が格段におもしろくなったのだ。
まず、気象の基本的な仕組みを知るのが楽しい。そしてそれが解明されてきた歴史にワクワクする。たとえば、部屋の暖房で温まった空気がそうであるように、温かい空気は上に集まるイメージだけど、実際は山に登ればブルっと寒い。なぜ? あと、どんどん上に行ったら空気の温度はどうなるの?
どんどん上に行ったら空気の温度はどう変わるか。次のグラフが答えだ。
高度によって気温がぐにゃぐにゃ! おもしろいなあ。なぜそうなるか、どうやって解き明かされてきたかの解説も楽しかった。
最近よく耳にする「線状降水帯」の仕組みがわかったことも嬉しかったし、「なんか最近の台風の予報って昔より当たるようになった気が……」といった体感の裏付けができる本でもある。異常気象や気象災害は増えているけれど、それらに立ち向かうために大切な天気予報はパワーアップしている。
線状降水帯の構造を知ろう
「ゲリラ豪雨」と呼ばれる急な雷雨や夕立は、少し待てばスッと止む。でも、「線状降水帯」は違う。予報の緊迫感も段違いだ。今まであまり耳にしたことがなかったからか、どことなく不気味な響きをもった言葉だ。今年も繰り返し聞いた。本書でも線状降水帯がどんなものであるかが図解とともに丁寧に説明される。
特別警報が出されるような記録的な大雨のとき、線状降水帯と呼ばれる現象がよく見られるようになりました。
線状降水帯とは、次々と発生する発達した積乱雲が列をなして組織化し、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することでつくり出される強い降水をともなう雨域のことです。(中略)
2020年の梅雨に起こった「令和2年7月豪雨」もその一つです。
線状降水帯は、普通の急な雷雨とどう違うのだろう? ゲリラ豪雨はすぐ収まるけれど、線状降水帯のように雷雨がずっと続く状態は、どうして起こるのだろう?
積乱雲の集団によって起こる雷雨を集団性雷雨といいます。集団性雷雨には、集団のでき方が異なるいくつかの種類がありますが、図1-20(a)に示したのは、マルチセル型と呼ばれる、よく見られる種類の集団性雷雨の構造です。(中略)
1つの積乱雲(セル)は、「成長期」「成熟期」「減衰期」の3つの段階があり、「成長期」で雲が発達、「成熟期」で激しい雨になります(中略)
ただし、激しい雨の降る領域は常に移動していくので、雨が激しくても長時間になることはありません。
ゲリラ豪雨を起こす積乱雲の構造はこちら。
セルはやがて衰退します。
じゃあ線状降水帯はというと……。
線状降水帯は、発生の条件や構造などの詳しい解明はいまだ実現しておらず、研究中となっていますが、低層と中層の風向きの違いでいくつかのタイプに分けられることがいわれています。ここでは、バックビルディング型と呼ばれている構造を取り上げます。(中略)
線状降水帯の形成のポイントは、
① 大気下層に湿った気流の流入が続いていること、
② その気流が1か所で上昇すること、
③ 大気が不安定であること、
④ 中層に雲を押し動かす強い風があること、
です。
線状降水帯ってまだ解明できていない気象現象で、今まさに研究中なのか! 現時点でわかっている構造はこちら。
激しい雨をもたらす成熟期のセルがずっと続く。
正体がわかると不気味さは和らぐが、同時に「これは大変だ」と危険性をはっきり認識した。その現象が何者であるかを調べ、それが発生する条件を割り出し、危険を事前に察知する天気予報の大切さがわかる。
天気予報がもっとおもしろくなる
本書のあちこちを読むたびに「ああそういうことだったのか」と実際の天気予報を思い出すので楽しい。たとえば、1時間の雨量を告げる予報。どの天気予報でも「強い雨」や「激しい雨」といった同じ言葉を耳にすると思いませんか?
「猛烈な雨」という言葉を使いましたが、「激しい雨」「猛烈な雨」など天気予報でよく聞く言葉は、気象予報士の主観で形容詞をつけているわけではなく、表1-3に示す基準があり、適切に使い分けをしています。
知らなかった。1つの基準に則って語られるから、わかりやすいんですね。定められている基準は以下のよう。災害から命を守るための大切な情報を、誰が聞いてもきちん伝わるように工夫されていると思う。
個人的に「激しい雨(バケツをひっくり返したように降る)」が最強の雨だと思っていたが、そこからさらに2段階も上の雨がある。
また、関東にいると3月に急に雪が降ることがある。実はあの予報はとても難しいのだという。
南岸低気圧によって、関東地方が雪となるかの判断は、数値予報が発達した現在でも、予報者の頭を悩ませる難しい問題です。上空で形成された雪が落下する際、0℃以上の空気の層が薄い場合は、雪が融けきる前にその空気層を抜けて、地表に達しますが、逆に0℃以上の空気層が十分厚い場合は、雪は途中で融けてしまいます。(中略)
雪が降ることで空気が冷やされる効果もあわせて考える必要があるので、雨として落ちてくるか雪として落ちてくるかの判断が非常に難しくなるのです。
おもしろい。確かに雨かなと思ったら雪が降ったり、雪だぞと身構えたら雨の日がある。
気象は、私が想像しているよりもうんと複雑だ。見るべきパラメーターと条件が無数にある。もう、読めば読むほど「天気予報、大変だわ」と思うのだ。今まで当たり前のように眺めてきた天気予報が私たちの手元に届くまでの過程を思うとクラクラする。
数値予報とアンサンブル予報、すごいぞ!
本書を紹介する上で欠かせないのが「数値予報」だ。数値予報は、天気予報の手法のひとつ。物理学の法則に基づいた複雑な方程式を少しずつ繰り返し計算し、未来の気象を予想する。
次のようなステップを経て天気予報をおこなっている。
このステップ①の「データ同化」が個人的にとくにおもしろかった。天気予報は情報処理との戦いでもある。計算の手法に加え、そのボリュームもすさまじい。
実際の計算は、一足飛びに(ウサギのジャンプのように)進むことはできず、カメの歩みのように小幅に一歩ずつ行われます。
ここで「あ、コンピュータの出番だな」と思う。そして世界最初に行われた数値予報の話もあわせて紹介したい。
1922年、イギリスのリチャードソン(Lewis Fry Richardson)は数値予報の計算アルゴリズムを発表し、6時間分の予測計算を1か月以上かけて計算尺で行いました。(中略)野心的な試みは失敗に終わりましたが、紛れもなく現在の「数値予報」の本質を見せたものでした。
リチャードソンは、その著書の中で、「64000人が大きなホールに集まり一人の指揮者の元で整然と計算を行えば、実際の時間の進行と同程度の速さで予測計算を実行できる」と提案しました。
その時点では難しいかもしれないけれど、やがてコンピュータが進化すれば実現可能なのだ。このリチャードソンの言葉のあとに『コラム 超大型電子計算機日本へ──「金色の鍵」』を読むと胸がじーんと熱くなる。昭和34年に日本で最初の超大型電子計算機(IBM704)の話だ。本書のコラムはどれもロマンがある。
さらに数値予報は進化を続け「アンサンブル予報」という手法も編み出された。週間天気予報でお世話になっている手法だ。まず、数値予報で計算を繰り返していくと、初期値がほんの少し違うだけであとあとの結果が大きく異なる。これを克服してずっと先まで高精度な予報をおこなえるのだという。
アンサンブル予報は、数値予報の本計算を行う際に、観測誤差と同じ程度の小さな集団をわざと人為的に与えた多数の初期値の組みからなる集団(アンサンブル)を設定します。そして、それぞれの初期値ごとに独立して一定期間(例えば34日間)の予測計算を行い、集団の全予測値の単純平均を求め最終的に発表する予報とするものです。
さらに台風の予測では複数の国の予報のデータも活用してアンサンブル予報をおこなう。これは「マルチ・アンサンブル予報」と呼ばれ、2019年に採用された。
このページで、「そういえば最近の台風の予報って、昔より精度が上がっている……?」と普段の生活でなんとなく感じていたことが蘇った。そう、「天気予報がパワーアップしました!」なんてニュース番組の気象コーナーで取り上げられることはないけれど、日々進化している!
未来を知るための科学っておもしろい。そして、パラメータが多すぎて複雑だけど、諦めずに解き明かすことができる。異常気象はもちろん怖いけれど、天気予報って頼もしいなと思う。
ちなみに、私は本書を音読しながらゆっくり読んだ。とくに「第4章 天気図と人による天気予報」はぜひ声に出して読んでみてほしい。天気予報でよく耳にする言葉がたくさん登場するので、より親しみが湧いて楽しくなりますよ!
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。