シフト制の書店に勤めていたころは起きることが苦手で、朝食も食べ逃すことが多かった。出勤が遅い日ならば食べられる。だが「早番」といわれる開店時からのシフトに当たると、食い気よりも眠気が勝った。「一食くらい食べなくても大丈夫」、そう思って過ごしてきたものの、転職し定時に朝食を摂るようになってみると、体調が大きく変わったことに驚かされた。たった一食の違いなのに、どうしてこんなに変わるのだろう?
そんな疑問を持っていた私に、本書はぴったりの内容だった。著者は早稲田大学先進理工学研究科の教授で、薬学博士。日本時間栄養学会の会長でもあるという。ところで、そもそも「時間栄養学」とはどういった学問なのか。まえがきにはこうあった。
2017年に3人のアメリカ人科学者がノーベル医学・生理学賞を受賞したことで注目されたのが、体内時計を司る時計遺伝子のメカニズムです。この時計遺伝子の働きが複雑に絡み合い、体の中で時間によって違う作用が起こるという、そのしくみが少しずつ解明されてきているのです。
つまり、同じ人が同じものを食べても、1日の中でいつ食べたかによって太りやすくなったり痩せやすくなったり、血圧が高くなったり変わらなかったり、と違う反応が起こることがあるわけです。
こういったことを研究するのが、すなわち「時間栄養学」だそうだ。「食べる」という人間の行動と、その内容やタイミングによって体に起こる時間帯別の反応との関係を、現在では科学的に説明できるようなっているという。
本書では全9章を通して、体内時計の説明やそれと食事との関係、食物繊維をとるタイミングによる腸内細菌や血糖値の変化などが語られる。また「時間調理学」「時間薬理学」「時間運動学」などについての解説も盛り込まれており、「時間」という観点から「ヒト」の体を分解し、理解していく試みが続々と紹介されている。
前半では、具体的な食材が多く出てきた。たとえばシジミ、豚肉、赤ワイン、ザクロに緑茶、トマトに牛乳、卵に納豆に漢方薬──。身近な食品と自分の身体との関係が見えてくると、ついつい「じゃあそれを摂ればいいのね!」と思ってしまうのも本当のところ。だが著者は、そんな読者の先走りにもしっかりと道筋をつけてくれる。
本書は、健康のためにこれをこの時間に食べさえすればいいと提案するような内容ではありません。それほど体は単純にできてはいません。ただ、科学的に時間軸の重要性が解明されてきていることは確かです。そのことを知って食べる時間を変えるだけで効果が変わるなら、取り入れない手はありません。もちろんまだまだわからないことも多いのですが、解明されていることや可能性が高いことなどを知ることは、心身を整える一つの指標になるでしょう。
実際に本書では、現時点で解明できていない要因や実験結果にも触れた箇所がある。その場合、著者は「○○はよくわかっていない」「~は定かではない」といった言い方で、現状を教えてくれる。あくまで今わかっている範囲で、科学に基づき解明された知識を紹介する。そんな姿勢に、著者の研究者としての誠実さを強く感じた。
特に第3章以降では、とにかく実験、実験、また実験!という感じで、研究成果が次から次へと披露される。研究者は日々こんな風に細やかに、さまざまな可能性を追い求めながら結果を出し続けてきたのかと、ページをめくればめくるほど圧倒されてしまった。内容には一部、専門的な解説があるが、実体験にもつながるテーマが多いからか、全体としてはとても読みやすくわかりやすかった。
本書を読み終えたことで私は、「朝食を摂る」ことの意味を科学の面から再確認することができた。これから先「ちょっと面倒だな」と思う日があったとしても、その効果を思い出せば、きっと続けることができる。そしてもしくじけそうになった時には、また本書を開き、自分の身体と向き合っていくことにしたい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている