読む前に、ぜひしてほしいことがある。それは「腹ごしらえ」だ。本書では表紙をはじめとして、ページを開けば色とりどりの料理と食材が、これでもか!と目に飛び込んでくる。その勢いと魅力は、最後まで衰えることがない。
バッカラ・アッラ・ヴェッキア・ストーリア
イタリアは20の州から成り、そしてその州それぞれに特色ある郷土料理が存在し、本書はその中でも12州の郷土料理について解説している。イタリアの郷土料理は、その土地の歴史や風土などとも関係があり、自ずとその地域の歴史や特性も織り交ぜた内容となっていて、読み応えたっぷりだ。まるで自分がその地に行ったかのような気分にさせてくれる。旅をするのが難しいこの頃だからこそ、目に美しい写真の数々は、心をふんわり軽やかにしてくれる。
ところで、「イタリア料理」といえば、それなりに日本でも食べられるはず……などと思っていたが、それは完全な思いこみだったと、本書を読んで気づかされた。なぜなら今までに見たことのない食べ物の連続で、名前も初耳のものばかり。目新しさに興奮するうち、気づけばお腹が音を立てて鳴っていた。当然ながら、本書に載っているような素敵ごはんは、我が家にはない。おかげで、おいしいイタリアンを食べたい欲をねじ伏せることに苦労しながら、食事を済ませる羽目になった。そんな私の失敗を糧に、これから読まれるみなさまには、お腹を満たした後の読書をお勧めしたい。
カチュッコ
アッチューゲ・アル・ポヴェロ
さて著者はもともと、食品や料理の撮影を専門とするカメラマンだったという。1995年にイタリアへ渡って各地の料理に触れ、その奥深さに魅了された。のちには歴史や文化をより深く学ぶため、語学学校や大学にも通ったそうだ。当初は半年ほどの滞在予定が、思いがけず18年にも及ぶ居住となったのは、ひとえに著者の好奇心と行動力、そしてイタリア料理への深い敬愛からといえるだろう。
ちなみに、その食いしん坊ぶりの一端がわかるのは、シチリア島の紹介文のこのくだり。
地中海性気候の恩恵で、シチリア島の野菜や果物は味がギュッと詰まって濃く、のびのびと育つ家畜は美味だ。
食材があまりにおいしいので、私はたちまち虜(とりこ)になり、シチリア島に3年余り暮らした。
引っ越すほどのおいしさと、そのまま3年暮らし続けられるほどの魅力って、どれだけのものなんだろう! いくら旅先のものがおいしかったとしても、私にはそこまでの度胸と決断力はない。食材と料理への著者の傾倒ぶりに、ただただ感嘆する。
ほかにも、ある町で名産のバジルを持ち帰り栽培したところ、葉が硬くなり別物になったと友人から聞いた著者は、その謎を解くため町のバジル農園まで足を運ぶ。
農園は外気が出入りする開閉型のビニールハウスで、中では葉がスプーンのようにくぼんだ小振りのバジルがすくすくと育っていた。
そして、農園の主人にバジル作りには何が大切か、そしてなぜローマでバジルの葉が硬くなってしまったのかを聞くことができた。ブラの町は海が近いので、地質は塩分を含む砂地だから水はけが良く、さらに背後にそびえるパッソ・デル・トゥルキーノ峠から冷たい風が町まで届く。これらの恵まれた自然環境が上質なバジル栽培に欠かせない条件だったのだ。
もはや探偵か研究者の域である。バジルの葉に違いがあることも、その違いが地質や気象と関係していることも、まったく知らなかった。この本はいわば料理研究書の類であるが、紀行書であり、そして時に風土記であるとも言え、全方向でおもしろい。
各州を紹介した最終ページには、本書で紹介した料理を実際のレストランでオーダーするために「リストランテのメニュー選びにおすすめの料理」と題しまとめてある。いつか実際、現地へ行くことができたら、このページを片手に注文するのも楽しいだろう。また巻末には、実在するイタリア各州のリストランテや取材協力店だけでなく、日本でイタリアの郷土料理を食べられるイタリアンレストランリストの掲載もあり、まさに至れり尽くせり。まだ知らぬイタリア郷土料理を食べるためにも、状況が落ち着いた暁にはぜひとも足を運びたい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。