お菓子作りには性格が出る。自他ともに認める大雑把な私だが、それでもたまにチャレンジしてみたくなる時がある。特に新しい味を開拓できなくなって久しい、今のような時期こそは。
「A WORKS」は学芸大学にあるチーズケーキの専門店で、100種以上のオリジナルレシピを誇る。2020年の自粛期間中には、店主である著者がそのレシピをInstagramへ投稿したことで、多くの方がお店の味を目指してケーキ作りに挑戦したという。本書をまとめるにあたっては、投稿時の簡易バージョンではなく、店で作っている通りのレシピを掲載したそうだ。太っ腹というか、実に思い切った決断だが、ファンのみならず店を訪れたくても難しかった人にはたまらない一冊ともいえる。
今回は、目にも鮮やかな「レインボーケーキ」を作ってみることにした。著者いわく、「A WORKSを代表するケーキ」。見た目とは異なり、材料も作り方もかなりシンプルで、途中の工程までは「基本のベイクドチーズケーキ」と同じ。だからもし色付けがうまくいかなかったとしても、引き返すことができる。そんな保険がかけられるのも素敵!と思い、ウキウキと材料を買いに行った。
だがここで、2つの予想外が起こる。「食用色素」の内、青以外の色は液体の瓶で持っていた。ただ青だけが、足を運んだ専門店の棚に見当たらず、スタッフに聞いてみると、現在品切れで次回入荷も未定だという。他の店にも行ってみたが、結局液体では手に入らず、粉末状のものを入手した。
もう1つの予想外は、「バニラビーンズ」の価格だった。1本で800円を超す値札を前に、しばらく唸る。「他の材料よりも明らかに高い。バニラエッセンスじゃダメなのか。ああ、でもやっぱりレシピ通りに作らないと……」だがそこで、ふと著者の言葉が浮かんできた。すぐに本書を開いて確かめてみる。すると、こんな一言が。
④バニラビーンズ
なくてもいいけれど、あると豊かな風味に仕上がります。シンプルなチーズケーキの場合は入れるとリッチな風味に。
やっぱり……! 自己判断ではなく、作り手から「なくてもいい」と言ってもらえるのは心強い。次の機会があったら「リッチな風味」も試してみたいと思いながら、自信をもって購入を見送ることにした。
このほかにも著者は、ふだんあまり使わない道具や材料についても、代用品をいくつも提案してくれる。お菓子づくり専用の道具や材料を揃えることは、作る前からハードルを上げがちだ。そこで作ること自体を諦めてしまうこともあるだけに、細やかな心づかいは本当にありがたい。そんな著者の柔軟な姿勢は、もしかすると経歴に由来するのかもしれない。
今でこそ「チーズケーキ研究家」を名乗り、チーズプロフェッショナルの資格も持っていますが、もともとは建築会社で働き、その後はアパレル会社を立ち上げようとしていました。
(中略)そんなわけでぼくはパティシエではなく、言ってみれば"俺シエ"。製菓を学んでないぼくでも簡単に作れて、アレンジも自由なチーズケーキレシピ。学んできていないからこそ、逆に自由な発想でやってこられたのだと思っています。
レシピも自由だが、作り手も自由。そのことに、なんだかとてもホッとする。こんなお菓子の本は、確かに初めて!
さて実際の工程はというと、今までチーズケーキを作った中でおそらく一番、時間も手間も少なく済んだ。だからこそ著者のこだわるポイントも、レシピからはっきりと伝わってくる。それは「よく混ぜる」こと。単純なレシピの中で、何度も何度もこの言葉が、しつこいほど繰り返されていた。「自由でいい」という著者が大事にする作業なら、きっと意味がある。そう思い丁寧にしっかり混ぜ続けると、きれいな艶が出てきた。もうこの段階で美味しそう。明らかに生地が違って見える。
……ここでそっと白状すると、結局私は「基本のベイクドチーズケーキ」を作ることになった。というのも、青の粉末色素を説明通りの分量で溶き、液体色素の赤と混ぜてみたものの、どうしても紫色にならなかったのだ。やり直すこと数度、どう見ても醤油にしか見えない茶色が出来上がる。もし次に作る時は、著者が紹介していた液体色素で揃えようと心に誓い、レインボーは諦めた。ああ、やっぱり引き返せるって大事だった。
↑一番下のボール、これが紫になるはずだった
チャプターの切れ目ごとには、著者のコラムが掲載されている。このページは、作り始める前にぜひ読んでほしい。私はちゃんと目を通さずに作業を始めたため、出来上がったケーキの切り口がちょっと残念なことになった。焼きあがってからひと晩寝かせた味は、しっとりしていて甘さ控えめで、とても美味しかったのに。大雑把はやはりいけない。私の失敗を教訓に、みなさんには美味しく綺麗なチーズケーキを作り上げていただきたい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。