世界の自動車産業が100年に一度の変革期を迎えているいま、日本の自動車メーカーは、欧米はもとより中国にも大きく後れを取っている。「日本車」の抱える問題を浮き彫りにしつつ、未来への戦略をも示した本書は大きな反響を呼んでいる。世界の最前線を取材してきた著者お二人を迎え、自動車産業のみならず日本の産業のあるべき未来を語る。
100年に一度の変革期で次世代自動車に求められる「CASE」
青木 世界中の自動車関連企業やモーターショーに直接足を運び、生の声を見聞きしてきたお二人が、その成果を1冊にまとめた『日本車は生き残れるか』ですが、このままでは日本の自動車産業は非常にまずい事態に陥るのではないかという強い危機感を覚えます。世界の自動車産業はいま、100年に一度と言われるほどの大きな変革期にある。そこで求められている新たなルールが「CASE」。コネクテッドのC、自動化(オートノマス)のA、シェアリング/サービスのS、電動化(エレクトリック)のEということですが、少しご説明いただけますか。
川端 2016年パリ・モーターショーでの、メルセデス・ベンツでおなじみのダイムラーの会長(当時)の言葉です。創業125周年を迎えていた同社ですが、「次の100年も生き残るためにはCASEが不可欠の技術になる」と宣言したんですね。その後、次世代の自動車を象徴する言葉になり、日本でもCASEという言葉自体はかなり浸透しています。ですが、世界と比較すると、日本の対応は遅れていると言わざるをえません。日本は、一つひとつの技術はすごいんです。電動化は1960年代ぐらいからコツコツ進めてきたし、自動運転も世界をリードする位置にいます。ただ、そうした優れた技術を使って、ドライバーやユーザーのために「何」が提供できるのかという視点で考えることが苦手です。CASE最大のポイントはC、つまり自動車がIoT(モノのインターネット)のT(モノ)としてネットにつながる「コネクテッド」です。クルマがスマートフォンのようなデバイスになることでまったく新しい巨大な産業が生まれるのは確実なのですが、そのあたりの対応も出遅れていますね。
桑島 もうすでに、5Gだとかクラウドだとか、自動運転向け半導体とかセンサーだとか、いままで自動車をつくってきた人がよく知らないような領域の人たちも、仲間に巻き込んでいかなくてはならない時代になっています。ネットとモノがつながることで、業界の姿が従来とまったく違うものに変質していく――これは自動車だけでなく、ほぼすべての産業にあてはまる構図だと思います。
川端 いまやスマホを持った人間が完全にネットとつながっていない時間は、運転中とシャワーを浴びているときだけ、トータルでわずか2時間程度と言われています。グーグルやアップル、フェイスブック、アマゾンといった世界最大級のプラットフォームを持つ、いわゆるGAFAがその「運転中」の時間に目をつけて、ネットとつながれるクルマを自らつくろう、運転中のドライバーの時間さえも手に入れようと考えれば、彼らには固定概念がないので、自動車メーカーに「工場は持っていますよね、ウチの車をつくってもらえますか?」と打診する可能性だって十分ある。以前、フェイスブックの幹部に取材したときには、「(自社では)車はつくらない」と断言していましたけど。
青木 本書で、お二人は「日本の自動車産業はモノづくりを中心にした思考回路から抜け出せない(だからこの外部からの新しい流れになかなか対応できない)」という問題点を指摘されていましたが、事実、グーグル(アルファベット)もアマゾンも自動運転の技術に秀でた企業を保有・買収しています。GAFAがクルマづくりに参画してくると、5年後の自動車産業はまったく違った形になるかもしれませんね。
川端 本来、ネットで急成長を遂げたGAFAのような企業からしてみたら、1個1個モノをつくって販売するなどという行為は非効率きわまりないわけです。ソフトウェアやソーシャルメディアサービスは1個つくれば、それをみんなが繰り返し使ってくれるのですから。PL(製造物責任)法もあるのでクルマのような事故やリコールのリスクの高い製品を彼らが本当に自らつくろうと思っているかは微妙です。
青木 私たち出版社もコネクテッド=ネットとつながりはじめたとたん、電子書籍やウェブメディアが隆盛となり、従来とはまったく違う景色が現れています。こうした破壊的な現象はやはりほぼすべての産業で起こっていくのでしょうね。
ソフトとハードの両方が先進的。テスラの大きな強みとは
青木 いま世界でもっとも先進的な自動車関連企業といえば、すでに株式時価総額でフォルクスワーゲンやトヨタ自動車など世界最大規模の自動車メーカーをゆうに超えてしまったテスラですよね。
川端 創業者のイーロン・マスク氏には何度かインタビューしましたが、彼は自動車マニアというよりも、地球環境問題の解決策としてEV(電気自動車)専門のテスラをスタートさせた人です。日本のメーカーはどうしても技術面だけで評価したがる、技術力だけで勝ったと考える傾向にありますが、マスク氏のように、社会的な課題から事業構想を練り、コネクテッドや自動運転、電動化など、これからの自動車に求められるものを形にしていくのが上手ではありません。
桑島 テスラがすごいのは、GAFAなどは効率が悪いと言ってやりたがらない“モノづくり”を、敢えて自社で行ったところでしょう。さらに言えば、高いデザイン性などクルマ本来の魅力に加えて、最新の自動運転機能や車載ソフトウェアの無線アップデートなど、ハードウェア・ソフトウェアの両面で高品質の顧客体験と高い顧客満足度を引き出した最初のメーカーでもあります。
川端 そこが日本の自動車メーカーとは大きく違いますよね。
桑島 そもそも、日本の自動車メーカーとテスラを比較するのは、ガラケー(ガラパゴス携帯)とスマホを比べるようなもので、あまり意味がありません。少々強い表現になってしまいますが、少なくとも最近までの日本の多くの自動車メーカーは「いかに精密で、いいガラケーをつくるか」に努力してきたように見えます。世界ではかなり前から、クルマの形をしたスマートデバイスをめぐる競争になっている。テスラもまた、ただのクルマをつくっているのではなく、ネットにつながったクルマを使っていかにハードウェアの価値を高めていくかを考え続けているんです。スティーブ・ジョブズがiPhoneをつくったとき、モノづくりにこだわりぬいたというエピソードがありますが、それは最終的にソフトウェアが搭載された時点で勝つためです。結局は顧客の満足を高める、ハードとソフト両方の顧客体験の質を上げ続けなければ、いずれ負けてしまうのは自明なんです。テスラもソフトウェアで勝つためにハードにもこだわったモノづくりをしています。日本の自動車産業の関係者と話すと、しばしば「テスラなんて故障ばっかりじゃないか。クルマとして失格だ。俺は認めない」なとど言う方がいますが、そういう方はもっと重要な視点を見落としていると思います。
日本の自動車産業が生き残っていくためには
青木 かつて日本経済を牽引した家電産業も、家電がスマートデバイスとなった、つまりネットとつながったあたりから世界で遅れをとるようになり、結果的に多くの企業が再編を余儀なくされました。想像したくもありませんが、日本のGDPの約1割を占める国内の自動車産業も同じような道をたどることになるのでしょうか。
桑島 現状に危機感を感じている自動車業界の関係者もたくさんいます。でも、自分たちが勝ってきたビジネスモデルを続ければ、これからもずっと勝てると思いこんでしまっているような業界関係者もたくさんいる。いま起きているのは「長篠の戦い」です。最強の武田騎馬軍団が、織田信長の最新の鉄砲隊を相手に挑もうとしていますが、従来の戦法にこだわり続けるかぎり絶対に勝てません。なによりもまずは、戦い方のルールが大きく変わったんだという現実に、気づく必要があるでしょうね。これはすべての産業について言えることです。
川端 同感です。従来の勝ち筋にこだわらないことが大事ですよね。新しいルール下では規模の大小と優劣とはまったく関係がなくなりますし、経験のない若い人、スタートアップ企業でもチャンス次第ではテスラのような急成長も可能です。内外のいろいろな意見に耳を傾けて、新しいルールで自分たちが勝つにはどうすればいいのかを着実に考えていければ、個々の技術に優れた日本車は、きっと生き残れるはずなんです。
製品をつくることよりも重視される企業の核となるもの
青木 従来の日本の自動車産業は、トヨタや日産、ホンダといった完成車メーカーを頂点として、大小の無数の下請け企業がピラミッド型にサプライチェーンを形成する垂直統合型。それに対していまの世界のメーカーの流れは、製品のコアな部分の開発や設計などは自社で行いつつ、それ以外の製造・販売などは外部に委託するといった、いわゆる水平分業型にシフトしているということですが、どんな企業に注目していますか?
桑島 たとえばソフトバンク傘下で最近エヌビディア(*1)への売却手続きが進んでいるアーム(*2)という半導体の会社がありますが、ひと言で言うと同社は半導体のデザインの部分だけに特化して、それを知的財産として売っています。アーム自体は半導体を製造するわけではなく、純粋にその設計・デザインだけで、ライセンシングを通じて巨額の利益を上げられるようなビジネスモデルなんですね。
川端 半導体産業にはそのような企業が多いですよね。日本の半導体産業は「モノづくり」に重きを置いていますが、世界では設計の部分を重視していて、その設計通りにつくれる会社に委託すればいいという考え方をしています。自動運転技術のカメラで言えば、ステレオカメラの技術ばかりが注目されがちですが、本当にすごいのは、エヌビディアのアーキテクチャやアルゴリズム、モービルアイ(*3)が提供しているアルゴリズムなんですよね。たとえば、自動運転の技術では、車を動かすときにどう制御するかというアルゴリズムを搭載した半導体が不可欠で、単なる半導体の提供だけではなく、その上に搭載されるアルゴリズムがさらに重要になってきます。
桑島 ウェアラブルのカメラで知られるゴープロ(*4)なども、自分たちの工場ではつくっていないですよね。
川端 そうですね。もともとはサーファーが「こんなカメラがあったらいいな」と自分たちでコンセプトをつくっていて、設計や生産は外部に頼んでいるんですよね。同社のライバルのインスタ360(*5)も、映像をつくる仕事の人が「こういうライブカメラがあったらいいな」と発案して、設計者くらいまでは雇っているんですけど、そこから先の製造はもう完全に外部委託というやり方をとっています。
桑島 直近の事例だと、ソニーがクルマづくりをしようとしていますね。全体像は公表していませんが、おそらく自社で製造までは行わずに、クルマのコンセプトと設計、コアとなる半導体はソニーが提供するという形でしょうね。実際のクルマの生産などは作れるところに依頼する。同社のコンセプトカー「VISION-S」は、自社ブランドを持たない自動車製造業のマグナ・シュタイヤーが丸ごと請け負ってつくっていましたね。
青木 製作はほぼ外部。それでも「ソニーのクルマ」となってしまうわけですね。
桑島 ブランドはソニーですからね。どこをコアな部分だと捉えるかですよね。
川端 マグナが統合する形で、各部品を供給するサプライヤー、20社ぐらいに頼めば、実際に走れるコンセプトカーはつくれてしまうところまできています。実際にクルマをつくることで自社の技術がどこに活かせるかという大事なポイントを探ることができる。一方、欧米では、従来、完成車メーカーに部品を提供するだけだったサプライヤーの中に、自社の技術力を活かしてクルマをつくろうとするところも出てきています。今後、自動車メーカーのライバルは、そうした大手ティア1(一次請けの部品メーカー)になってくるのではないかと思います。
瀕死寸前だった自動車の街デトロイトはなぜ復活できたのか
青木 一時完全に凋落していた「自動車の街」デトロイトが、いままた息を吹き返しつつあるという本書の記述にも驚きました。デトロイト周辺では、EV(電気自動車)やバッテリー関連の工場が次々と建設されているとか。かつて日本車やドイツ車におされて瀕死寸前だった米国車が復活の糸口を見出したきっかけはなんだったのでしょう。
桑島 それはやっぱり、バイデン大統領が就任したことが大きいと思います。CO2排出量の実質ゼロを目指す「カーボンニュートラル」に本格的に取り組もう、そこで勝者になろうとアメリカが腹を決めた。その背景としては、アメリカは幸か不幸か、従来の旧い自動車産業を支える製造業がだいぶ壊れてしまっていたという事情もあります。日本がEVに踏み切ろうというときに、「いやいや、ウチはそれじゃ飯食えないから」「ガソリン車やハイブリッド車で十分儲かってるんだからこのままでいいじゃないか」という強い抵抗感があるのに対して、アメリカでは産業転換がしやすい状況になっていたわけですね。テスラに触発されて、それまで市場を独占していたGM、クライスラー、フォードのビッグ3が覚悟を決めたのも大きいと思います。アメリカにはシリコンバレーもあるし、もともとソフトウェアが強いので、産業全体を見極めた上で続々と投資も進んだんです。
青木 GMの企業ロゴが大きく変わったじゃないですか。スカイブルーを使ったり、mという字を電気プラグを連想させるような形にしたり。あれは非常に象徴的でした。
桑島 いま、GMはその新ロゴとともに「EVの会社になります」というCMを大々的に出しています。フォードも、国民車とも言えるピックアップトラックの「F-150」をEVで発表しました。アメリカは最近ハリケーンが多いので、「このクルマを電源として使ってください」という意味合いのCMもあります。これは明らかにテスラを意識しています。
川端 アメリカは、郊外に行くとフォードとシボレーしかディーラーがないみたいな地域がたくさんありますが、そういうところで一番売れていたのがF-150。その国民車がガソリン車からEVに転換するほど、大きな流れが起きているということですよね。
桑島 シリコンバレーからさまざまな業界を破壊していく流れというのは、常に起きています。そんな時代だからこそ、自分たちの従来の物の見方や殻を破って、虚心坦懐に世界で何が起きているのかを見なければならないと思います。
青木 かつての家電業界の転換期のように、クルマがスマートデバイスになる時代です。私のような古いタイプの書籍編集者は、正直3年くらい前までは「俺たちは関係ないな」と思っていたのですが、先ほども言ったように、出版でもコネクテッドがさらに進むのは間違いないわけで、そこに目をつむっていると編集者としても生きていけなくなる。そういう意味では、ウチの社長はいいタイミングでデジタル化に舵を切ってくれたなぁと思っていますが(笑)。やはり、この流れはほぼすべての業界で不可避なんでしょうね。今回の本はそんな警告の書にもなっているので、ぜひ多くの方に読んでもらって、世界の動きを知ってもらえればと思います。
撮影/大坪尚人
経営コンサルタント。米国シリコンバレー在住。1980年石川県生まれ。東京大学経済学部卒業、ハーバード大学経営大学院およびケネディ行政大学院共同学位プログラム修了(MBA/MPA)。三菱商事、ドリームインキュベータ、ベンチャー経22社を経て、現在K&アソシエイツ取締役、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院エグゼクティブ・フェロー。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程にて企業変革・イノベーションについて研究中。
自動車・環境ジャーナリスト。工学修士。部品メーカーでエンジニアとして勤めたあと、二玄社『NAVI』編集記者に転身。自動車の新技術と環境問題を中心に取材活動を行う。戦略コンサル・ファームに勤務後、戦略イノベーション・スペシャリストとしても活躍中。内閣官房(道路交通ワーキンググループ)構成員、国土交通省MaaS懇談会有識者委員などを歴任。