日米で活躍し、現在はコンサルティング会社を経営しているという著者の経歴とタイトルの印象から、当初はてっきり「バリバリのビジネス書」だと思いこんでいた。だが読み始めると待っていたのは、意外な展開。
第1部は「投資の歴史」に軸足を置き、大航海時代より始まるアメリカ大陸の開拓から、カリフォルニア、シリコンバレーと順を追って土地ごとに語られる、歴史読み物となっていた。著者はあるきっかけで自身の子供の歴史教科書へ目を通すうち、「『人はどうやって儲けるのか、何を富の源泉とするのか』が大きく変換した時代があった」ことに気がついたという。
この本は、こうした考察に基づき、「文明のビジネスモデル」の変化の流れと、「いまのバトルステージとは何か、それを可能にした要因は何か」について、シリコンバレーの事例を挙げながら書いてみたものです。私の考えの流れを理解していただくため、歴史から書き始めています。新型コロナ禍で世界中が混沌(こんとん)に陥った現在、意外に知らなかったシリコンバレーの歴史を通じて、日本のビジネスパーソンが「次」について考える際のお役に少しでも立てれば嬉しく思います。
そうして著者は、「アメリカ」という国と「シリコンバレー」という街の成長過程を、「お金」を通して切り出してみせる。ちょっと駆け足で、ぎゅっと凝縮された展開ではあるものの、世界史の知識があやふやになっていた身にこの第一部はありがたい。
また、豆知識的な話もふんだんに取り上げられている。たとえば「泥棒男爵」とも呼ばれたある男性は、政府と癒着し、中国移民を酷使しながら鉄道の建設で大儲け。その後は州知事や連邦上院議員も歴任するが、政治家としてはアジア人を排斥する差別主義者でもあったという。彼の名はリーランド・スタンフォード。そう、現在では全米きっての名門大学の創立者として知られる人物である。意外な前歴にびっくり! ではそんな人間が、どうして大学の設立を思い立つことになったのか。
やりたい放題だったスタンフォードですが、家族には恵まれず、遅くに生まれたたった一人の息子は若くして亡くなってしまいます。それを「神様の罰だ」と反省したのか、1885年に息子の名をつけた大学を設立し、自らが保有する広大な農場を寄付しました。これがスタンフォード大学(正式名称は Leland Stanford Junior University)です。
なるほど、息子の名前を遺したいという親心からだったとは……。思いがけず人間味を感じさせる話に、歴史の面白さを見た気がした。他にもゴールドラッシュとリーバイス誕生の関わりや、スタンフォード大学で設立されたヒューレット・パッカードの創業話など、それぞれの目のつけどころと物語が紹介されていて、本筋とはまた別の楽しみが多くあった。
第2部以降では、いよいよ「シリコンバレー型金儲け」についての解説が、深く広く始まっていく。特に関心を惹かれたのは、ベンチャー投資に関する第5章。たとえばプライベート・エクイティ(PE)、コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CV)、ベンチャーキャピタル(VC)といった投資ファンドの違いについても、その形式から資金の流れまでを丁寧に解説してくれている。お陰でその手のビジネス用語に疎い私でも、違いを初めて明確に知ることができた。
人とお金がどのように集まり、その中で「シリコンバレー」という街が形成され、そしてこれからどうなっていくのか。歴史を踏まえた上で全体像を俯瞰し、あわせて日本の未来をも考えたい人にとっては、またとない1冊。起業やIT事業について知ってみたい初心者の方はもちろん、既に熟知している専門の方にとっても、充実の内容といえるだろう。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。