著者のプロフィールに「元・経済ヤクザ」とあるが、決してあぶない“裏ワザ”投資術ではない。投資行動の手前にある“基本のキ”を真正面から説く、「マネー」の入門書である。実際にこれから「投資」するかしないか、にかかわらず、アフターコロナ時代に知っておくべき、マネーの本質と国際情勢の分析方法について、明解な見取り図を授けてくれる1冊だ。
本書冒頭で著者はまず、今回のコロナ・ショックの影響を整理したうえで今後の世界経済を予測する。曰く、先進諸国は金融危機(世界同時株暴落)による損出と実体経済そのものに空いた穴(GDP減)を塞ぐために、80年代以降の規制緩和による「自由経済」路線から雇用創造を含めた政府主導の「国民経済」路線へ転換するはずだ。
このように国際情勢を分析する際、常に参照すべきは歴史。世界のGDPの3%以上を喪失するほどの規模を鑑みれば、今回のコロナ・ショックの比較対象とすべきは1929年の世界恐慌なのだという。
状況は1929年の世界恐慌から脱出するプロセスに酷似している。世界が抱えたこれほどの巨額損失を一気に清算する方法として人類が選んだ手段が「戦争」だった。当時と違うのは、原油価格が暴落している点だ。大国は石油を求めて戦争をしてきた。石油を消費するというファクターを加えると、人類が再び「戦争」を選択するリスクは格段に上昇しているのが、ここから「先」のリアルだ。
ここで著者が想定するのは米中戦争。新型コロナ感染拡大について「自分たちに責任はない」と主張する中国vs.「中国の感染情報隠蔽によって損失をもたらされた」と主張するアメリカ、の構図である。今年3月に、複数のアメリカ市民を原告として中国政府、中国衛生当局、湖北省政府、武漢市政府などに対して数十億ドル規模の訴訟が起こされていることに注目。中国政府が訴訟の判決に応じない場合、トランプ政府は米国内の中国当局の銀行口座を凍結する可能性があることを指摘する。著者の見立てでは、最強の通貨「ドル」を保有するアメリカに分があるようである。
本書全編を通し著者の説得力を支えているのは「暴力」に対する感度だ。「国家によるマクロな暴力は、犯罪組織によるミクロな『暴力』と相似形」という言葉も、自らの経験に裏打ちされたものだろう。冷静な分析に必要なのは「マネーと暴力の関係」を理解することであると本書の中でも繰り返し述べている。世界の基軸通貨「ドル」についても「暴力」というキーワードを介し、こんなふうに解説している。
最強の通貨「ドル」を支える決定的な要素こそ「米軍」という最強の暴力だ。
曰く、第2次世界大戦末期の1944年時点で世界中の金(ゴールド)が集まった理由も、ブレトン・ウッズ会議で従来の金本位制から「ドルは金と交換できる」「他の通貨とも両替できる」というルールに変更して「IMF協定」が締結された背景も明々白々。アメリカが最強の暴力「米軍」を有していたからである。以後、「ドルの立場を侵す者は『米軍』という暴力で排除」しつづけ今に至る。現に石油取引の通貨をドルからユーロへ変更しようと画策したフセインは、表向きには「大量破壊兵器を有している」ことを理由に米軍特殊部隊によって拘束・処刑された。実はこれも「暴力」によって示された「石油など戦略物資取引のドル支配を破壊しようとするものには死を、という強烈なメッセージだ」という。
「金本位制」「ブレトン・ウッズ」「IMF協定」……。どれも初歩的すぎていまさら他人に訊けないレベルの経済用語だが、なるほど「最強の暴力=米軍」という存在をフックにすることで、学校の教科書に出てきたおぼろげな知識の断片が次々と太い線でつながっていく。「暴力」というキーワードを介して、世界経済にまつわる歴史的知識をリアルに学び直すことができるのも本書の特徴である。
さて、「マネーと暴力の関係」を踏まえて国際情勢を分析した先に、わたしたちは実際にどんな「投資」行動を選んでいけばよいのか? 本書終盤の5章と6章は、そうした問いに対する著者なりのアンサーとも言える。5章ではGAFA「四騎士」が国家による3つの包囲網(個人情報/課税/公平な競争)にどのように対抗しているのか、という分析を通して「魅力ある企業」とは何かを語り、6章ではいま投資の世界を支配するAI(人工知能アルゴリズム)の脅威と限界を示し、それに打ち勝つための「時間感覚」「非合理性」「感性」を磨くことの大切さを説く。全編にわたり徹底して「マネーと暴力の関係」をドライに分析してきた著者がこの終盤にきてAppleとテスラ社を語る場面に一瞬ウエットな熱がこもった。最後の最後で垣間見る人間臭さも、投資ごころをくすぐる。
レビュアー
出版社勤務ののち、現在フリー編集者。学生時代に古書店でアルバイトして以来、本屋めぐりがやめられない。夢は本屋のおやじさん。