■注目度大「ジャンクション萌え」の世界
都市の殺風景な景色が「コンクリートジャングル」と形容されていたのはいつのころだろうか。巨大なコンクリート建造物は無慈悲で自然や人間の生活に容赦なく、やがてわれわれの生活を破壊する脅威となる。そう信じられていた。
そんなコンクリートの建造物に極端な愛情を注ぐ人々がいる。サイエンスフィクションではない現実の話。
中でもいま注目度が高まっているのが「ジャンクション萌え」の世界である。
ジャンクションと聞いて、多くの人はいったい何を思うだろうか。
交通情報で聞く渋滞の名所、運転の際に軽くパニックを起こす場所……。個人的な話だが、深夜の入稿後、明け方の浜崎橋ジャンクションを都心環状線から羽田方面へと抜ける。そのまぶしさと天空へと登るようなループによる浮遊感で、ああこのままどこかへ行ってしまいたいと何度も思ったことが記憶に残る。
〈ジャンクションとは、言うなれば高速道路の交差点。その何がこんなにも人を惹きつけるのだろうか。圧倒的な迫力、驚くほどの重厚感、人の流れが生む躍動感と静寂とした躯体、異様さすら感じるほど複雑怪奇な構造、そのすべてを一度に感じることができるのがジャンクションの魅力かもしれない〉
これは、「ジャンクション萌え(鑑賞)」について掘り下げた本『高速ジャンクション&橋梁の鑑賞法』に書かれている言葉である。まさに、ここにジャンクション萌えの世界観が言い表されているといっても過言ではないだろう。
■ヤマタノオロチのような幾筋ものループ
もともと「ジャンクション萌え」という言葉が出てきたのは2010年代になってからのことだ。いまや趣味や「萌えジャンル」としてすっかり定着し、高速道路に昭和ノスタルジーを探す定年退職後の壮年男性から、大きな一眼レフを片手に「かわいい」を連発する20代女子まで、さまざまな人々がイベントやジャンクションをめぐるミニツアーなどに集まっているという。
わたしも実際にジャンクションを訪れてみた。マニアの間では「東の横綱」の呼び声の高い箱崎ジャンクションである。
仕事が終わり陽の落ちた頃、電車で向かった。地下鉄半蔵門線・水天宮前駅で降り、地下出口を地上に出てあんぐり。ジャンクション真下にある交差点に出た。頭上には、ヤマタノオロチのような幾筋ものループが、まるで雄叫びを上げるかのように迫っていた。「ジャンクション萌え?」とどこか最初は疑心暗鬼だったが、百聞は一見にしかず、すっかりその魅力にはまった。
大阪に出向くこととなり、今度は「西の横綱」とされる阿波座ジャンクションの真下である人物に会った。
「ジャンクション萌え」の当初からのサポーターであり、前述した本『高速ジャンクション&橋梁の鑑賞法』の監修者のひとりである阪神高速道路の尾幡佳徳(おばたよしのり)氏である。
尾幡氏によると、ジャンクションの楽しみ方は大きく分けて3つあるという。
まずひとつめは、下から見上げその存在を感じ、写真などに収めることだ。超広角レンズや長時間露光を駆使しながら「萌える」写真を目指す。この分野では、最近ではプロの写真集のみならず、SNS上などで多くのジャンクション写真を目にすることが多くなっている。
■ジャンクションの奥深い楽しみ方
2番目はジャンクションを俯瞰から眺め、土木工学的設計意図を味わう。簡単に言えば、上からのデザインを愛でるというわけである。
ジャンクションは、人に見られるために設計されているわけではない。だが、市販の地図やグーグル・マップで見ると、幾何学的な模様のようであったり結び目のようであったり、とてもおもしろい「表情」が見える。すべては用地買収や建築作業の結果で生まれたデザインである。そこがおもしろい。
そして、3つめ。尾幡氏はあくまでも個人的な意見であると前置きをしながら説明してくれた。ジャンクションを「立体として楽しむ」、そんな萌え方だ。
巨大建造物は下から見上げると、単なる平面的な1枚の絵に見えてしまう。立体としての「質感」を確かめようにも、全体にふれることはできない。立体とは言え、あくまでも見る人の頭のなかに生まれる立体である。ここに楽しみが存在する。
幾重にも折り重なる道路が、どこがどうつながっているのか。どんな仕組みになりながら複雑な構造を保っているのか。それをいわば体感していくのである。
それは下から眺めるだけではなく、上から右から左から、いくつもの方向から撮られた写真を収集しながら細部を想像し、心のなかで像を結んでいく。実際のジャンクションの縮小模型を作ったり、複雑な構成をペーパークラフトに投影して楽しむマニアもいる。尾幡氏はこのタイプだという。これはかなりマニアックな楽しみ方だ。
■プラレールやミニカーと同じ世界観
ひょっとして、土木の世界は難しくて理解できないのではないだろうか。構造物に関する専門的な知識などあるはずもない自分にとって、「高速ジャンクション」を愛でるなんてことができるのだろうか。最初はそう思っていた。
だが、なんのことはない。
小さい頃、畳のへりやテーブルの上を這いずり回らせたプラスティックレールとミニカーの世界。上から眺め、またときには寝転がり。それらで一日中遊んでいた感覚、まさにあれである。そう思った瞬間、この「ジャンクション萌え」はわたしにとって一気に愛らしいものになった。
今回のジャンクション萌えの世界を辿るなかで、ジャンクションの魅力、ジャンクションの味わい方などの奥深さを知った。まだまだその深淵をのぞいていきたい。
(本記事は、講談社マネー現代に2019年8月24日に掲載されたものです)
レビュアー
1963年生。横浜市出身。『POPEYE』『BRUTUS』誌でエディターを務めた後、フリー編集者として雑誌の創刊や書籍の編集に関わる。現在は、新聞、雑誌等に昭和の風俗や観光に関するコラムを寄稿。主な著書に『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社、扶桑社文庫)、『大物講座』(講談社)など。日本民俗学会会員。