■北大路魯山人「食」と「美」への情熱
10万点以上とも、30万点とも言われる数の作品を残した北大路魯山人。多くの創意工夫で「昭和の陶芸」に大きな足跡を残しました。
俎皿に料理を盛るのは魯山人の試み。皿の色や余白が料理をいかに美しく見せるか、計算されつくしています。立体感を重視したこの試みは料理の世界に広く受け入れられ、現代にも受け継がれています。
「食器は料理に於ける着物、食器なしでは料理は独立することは出来ません」と語った魯山人。食器にも料理と同様の情熱を注ぎました。同じ料理であっても器によって美味しく食べられるという「食器の美を食う」という考え方は、現代の、そして家庭の料理でも同じこと。
「生活の美」の基本、世界遺産にも登録された「日本料理の基本」と言えるでしょう。千葉市美術館で開催中の『没後60年 北大路魯山人 古典復興―現代陶芸をひらく―』では、この「美を食す人」の全貌が紹介されています。
『美と食の天才 魯山人 ART BOX』(黒田草臣著)から、魯山人の美へのこだわりを、実際に料理を盛りつけた写真とともに紹介します。※書籍掲載の作品は、本展に出品されていないものもあります。
【椿大鉢】
寝ても醒めてもおいしいものを追い求めた天性の美食家・魯山人。それまでの日本料理の概念を打ち破り、料理に合う器を希求し続けた結果、中心になる料理を何か一つ大きな器で供することを思考し、信楽土を使って自ら轆轤成形している。このような大鉢で世の美食家を飽きさせず、五感を満足させたのだ。
絵具をたっぷり含ませ、椿花と艶やかな葉が大鉢の内外を彩る。魯山人の大胆にして繊細な力量を遺憾なく発揮した見事な大鉢である。
雲錦や椿文の鉢。おおぶりの鉢に盛られた料理を想像するのも楽しい。
【左/「器と料理を楽しむ会」】
窯出しの日、魯山人作の器に料理を盛り、百畳近い座敷に百人を接待した。織部のもつ深い味わいを好んだ魯山人は、窯出しされた織部の扇面鉢や長方鉢、俎皿などに好んで料理を盛った。
【右/鮎の焼き物】
「一昨日まで清冽な激流と闘っていた香魚(あゆ)でございます。現地から実に百有六十里自動車急行列車郵便車あらゆる方法を尽くして輸送し来たりしもの……」と宣伝するほど鮎を好んだ魯山人。潤香な香味を心行くまで楽しんだ。
【左/織部兜大鉢】
昭和11年春、「魯山人近作鉢の会」を開催し、各種の鉢を作った。とくに織部の兜鉢や銅鑼鉢に人気があった。鉢に料理のほか花を活けたり果物を盛るなど使用法の見本を見せて好評だった。
【左/織部銅鑼鉢】
魯山人は、多目的に使える銅鑼鉢を好んだ。器全体に釉掛けする総織部といわれる技法。兜鉢同様に、縁に織部釉が溜まる工夫もなされている。
【右/京都・和知川で鮎釣りをする魯山人 左/京都・御菩薩池(みどろがいけ)の蓴菜(じゅんさい)】
「日本最高の美食に属する蓴菜は古池に生ずる一種の藻草の新芽だ」と魯山人は言う。京都洛北にある御菩薩池産が飛び切り上等と、盥(たらい)のような舟に乗って、朝六時頃から夕方頃まで採る。(「星岡」より)
【料理/秋刀魚の焼寿司 器/銀三彩マルモン平鉢】
魯山人の銀彩は高火度で焼かれた無釉焼締陶に施す画期的なもの。備前だからといって無釉の備前にとらわれない。備前の牡丹餅を水玉に見立て、銀彩の上に藍や緑、黄色の上絵で雅を表現した。
【鮎の一夜干し 器/志埜笹文平鉢】
一夜干しは鮎を開いて内臓を取り除くが、鮎のすべてを料理するのが魯山人の建前。岩についた苔藻を食べる天然鮎は、余分な脂分が内臓につかず独特の香りがあり、料理の先付として客を唸らせた。
生来の食に対する関心から「料理の着物」としてやきものを制作した魯山人。傍若無人で真っ向な物言いには、生前からさまざまな評価がありました。しかし絶えず同時代の陶芸家を触発し、膨大な点数のやきものを世に送り出したのです。荒川豊蔵、川喜多半泥子などの同時代の陶芸家の作品、そして彼らが学んだ中国大陸、朝鮮半島、日本の古陶磁を併せて展開する展覧会は、その作品によって「魯山人とは何者か」を知る機会と言えるでしょう。
語りきれない破格の才能で私たちを魅了する不世出の大芸術家。そのやきものの全貌に触れるチャンスです。
没後60年 北大路魯山人 古典復興―現代陶芸をひらく―
会期:2019年7月2日〜8月25日
会場:千葉市美術館
住所:千葉市中央区中央3-10-8
http://www.ccma-net.jp/