『線は、僕を描く』でデビューした水墨画家で小説家の砥上裕將さんと同作を漫画化している堀内厚徳さん。ジャンルは違えど絵を描き、物語を紡ぐ二人が創作について語った。
絵を描くこと
砥上裕將氏による水墨画「春蘭」
砥上 おひさしぶりです。漫画化が決まって顔合わせの時にお目にかかって以来ですね。
堀内 まだ冬でしたよね。講談社の会議室でした。もっとずっとまえのような気がします。あの日が、水墨画との出会いでした。はじめて間近で水墨画を見た。「かっこいい! すげえ」って興奮したのを覚えてます。
砥上 飛行機が遅れて、堀内さんが絵を褒めてくれた瞬間には自分はそこにいなかったんですよね。
堀内 すげえ、すげえって言ってました。これを下描きもなく描くってどういうことだ? と思いました。まずは水墨画にガツンとやられたところに砥上さんが到着して、それから水墨画を教わりました。
砥上 そうそう。水墨の基礎を描きながらお伝えしました。でも堀内さんは、すぐ教わったのとは別の絵を描き出した。何を描いていたか忘れちゃったけど、とにかく落書きだった(笑)。
堀内 昔から落ち着きがない子供でした。
砥上 いや、それでいいんですよ。楽しくなくちゃ。これが創造性というものだな、と思いました。
堀内 紙があってペンとか描くものがあったら、落書きをしちゃうんです。砥上さんは、そんなことないですか?
砥上 同じですよ。道具と紙があれば何か描いています。手が動きますよね、意識していなくても。
堀内 やっぱり、そうですよね。時々「落書きなんかしない」「モチベーションが上がらないと絵が描けない」とか言う若手がいるんですけど、そういうのを聞くと「いろいろ言ってないで、とにかく描け」と思う。四の五の言わずに描け。描かないと始まらない。
砥上 上手く描けない日もあるけど、とにかく描く。
堀内 描いてみたら意外と上手く描けたりする。全然ダメで何回も描きなおすこともあるけど、描かなきゃ上手くならない。「これが描けない。あれが出来ない」という人は、最初からベストな絵を描こうとしている。もちろんその気持ちはわかるんです。自分にもそういうところはあります。でも描かないで上手くなることはない。
砥上 そうですね。そして毎日描いて、腕が上がっていい絵が描けるようになったら、今度はそれを忘れなくちゃいけない。音楽だとね、演奏が終わったら音が消えるけど、絵は描いたものが残るじゃないですか。でもそこに留まってはだめなんです。いいものが描けたら一度忘れないと、その先に行けない。その先に行くためには、やはり描き続けるしかない。
キャラクターをつくること
古前君のTシャツ姿(左下)、青山君の前髪(右下)
砥上 漫画ってこんな風に作っていくんだ、というのを今回の漫画化で知りました。ネーム(コマを割り、台詞などをラフに書いたもの。コンテ)が届くと嬉しくて、正座して読んでいます。正座ですよ正座。このシーンをこんなふうに絵にするのか、とか、ここは難しい水墨画が必要になりそうだから自分が大変だ、とかそういうことも思いますが、基本は毎回感動しています。自分が作ったキャラクターが、別の存在として動いていることに驚きを感じます。
堀内 マガジンの担当から原作を渡されて読んだときに、めちゃくちゃ面白くて、絵が浮かんで「俺これ描きたいな」って思ったんです。青山君のイメージもすぐに浮かびました。本のカバーにイラストレーターさんが描いている感じがよくわかった。「絶対、前髪長い」と思いました(笑)。
砥上 いやあ、それなんですよ。カバーの丹地陽子さんの絵をはじめて拝見したときに「ああ、青山君って髪長いんだ」と思って。そしたら堀内さんが描いた青山君も前髪長くて。これは間違いなく、青山君は前髪が長いんだなと(笑)。
堀内 青山君は、BUMP OF CHIKENのボーカル・藤原基央さんで、千瑛は北川景子さんのイメージで描いてます。千瑛は、原作でとにかく美人だと書かれているので、ハードルが高くて(笑)。
砥上 小説だとそこは楽です。「美人」というニ文字で済みます。でもそれを絵にするのは、大変ですよね。実は、一度堀内さんの絵を見ながら、筆で千瑛を模写してみたことがあるんです。難しかった。堀内さんがいかに上手いか、腕前がわかった。自分にない比率とかバランスを感じました。
堀内 千瑛は、何回も描き直しました。そう言ってもらえてよかったです。
砥上 キャラクターの話でいえば、古前君が漫画で活躍しているのが嬉しくて。
堀内 いがぐり頭にサングラスって、どう絵にするんだ? って原作読んで思いました。
砥上 イメージどおりです。大好きなんです、古前君が。でも彼が活躍し始めると話が脱線してしまうので、小説では泣く泣く出番を控えています。それが漫画だと主人公がしゃべったりしている後ろで生き生きしている。これは嬉しかった。Tシャツもいい。自分も大学生のころ「微妙」って書かれたTシャツを着ていました。
堀内 好きなんですよ。変な文字が描かれたTシャツ。「金魚」とか。
砥上 いつか「正座」Tシャツを古前君に着せて欲しい。
堀内 俺は、西濱さんかな。「俺は、西濱になる」って後輩とかに言ってます。
砥上 感想を伺うと斎藤さんが好きな人が多いんです。
堀内 斎藤さんは、まあ、みんな好きですよね。描く人とか音楽とかでもクリエイターは、みんな自分を重ねると思う。それも含めて俺は斎藤さんじゃなくて、西濱さんになりたいなと思うんですよ。自分の中には、もう斎藤さんがいるから。砥上さんもそうじゃないですか?
砥上 そうですね。斎藤さんのことは、すごくよくわかります。技が高度になればなるほど、手そのものに騙されるんですよ。上手さや完成度に騙される。ある種の才能があると、どんどん描くものが純化していって、でもその先にあるのは行き止まりだったりする。絵から温度のようなものが失われてしまう。絵が上達する道としては遠回りに見えても、実はその向こうに道がつながっている、そんな道を歩んで絵と向き合ってきたのが、西濱さんだと思うんです。解き放たれて絵を描く喜びをきちんと持っている。やっぱり描く瞬間が楽しくなければ、何も生まれないんじゃないかという気持ちはあります。
物語を動かすこと
週刊少年マガジン連載中『線は、僕を描く』(原作・水墨画監修/砥上裕將漫画/堀内厚徳)より
砥上 自分は絵も描きますし、小説も書いたわけなんですけど、両方を同時にやることはできない。漫画は、絵と物語を常に一致させて、際立たせるコマをつくったり、説明をしたり、情報を伝えながらも話を進めるわけですよね。それをやっている漫画家さんという人たちの領域の広さに凄みを感じます。絵の精度を上げるだけではなく、状況も伝えていくというのは、森羅万象を扱うというのと同じなんじゃないかと思うことがあります。
堀内 連載第1回目の最初のネームは、俺以外は担当しか読んでないんですけど、漫画漫画したネームでした。自分の漫画の作り方に原作をはめた感じというか。小説原作で漫画を描くのは初めてで、勝手がわからなかった。それで小説を読み込んでいくと、なんかこうじゃないなと。いろいろ詰め込みすぎなくて良いんじゃないか、もっとスローにやっていいんじゃないかと思ったんです。
砥上 それは、嬉しいですね。水墨画の持っているニュアンスを受け止めていただけているのがわかって、すごく嬉しいです。『線は、僕を描く』は不思議な広がりをもつ特殊なジャンルの話ですが、堀内さんがどんどん世界を深めているのが伝わるんですね。丁寧に描いてくださっているのがよくわかります。
堀内 この小説を描くならスピードをあげてポンポンすすめたらあかんな、って気づいて、それですごく変わりました。この先、漫画を描いていくうえでも大きなことで、この出会いに感謝しています。絵を描く場面の没入感、夢中になってしまう感じとか、すげえ大事だと思っています。
砥上 絵にしてもらうなんて想像もせずに小説を書いたから、堀内さんはすごく大変だと思うし、小説だからって好き勝手に描いたいろんな水墨画が今後出てくるので、自分も苦労することになりました(笑)。
堀内 いやほんとに毎回お世話になって。小さいコマに入るものでも、本物だと説得力が違う。すごいことだな、有難いなとめちゃくちゃ感謝しています。
砥上 いや、自分は堀内さんのアシスタントですよ。水墨画のアシスタント。がんばっていい絵を描いてアシストしますので、是非、古前君を活躍させてください(笑)。
砥上裕將(とがみ・ひろまさ)
1984年生まれ。福岡県出身。水墨画家。本作で第59回メフィスト賞受賞。
堀内厚徳(ほりうち・あつのり)
1981年、埼玉県生まれ。作品に『この剣が月を斬る』『ベイビー・ワールドエンド』など。