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2019.02.22

特集

あの大人気劇場アニメに登場した小説が文庫に~彩瀬まる×住野よる 特別対談 第1回

2011年3月11日に起きた東日本大震災での体験を基にして描かれた、彩瀬まるさんの小説『やがて海へと届く』。

本作の文庫刊行に際して、愛に溢れたコメントを寄せてくださった住野よるさん。2018年9月に公開された劇場アニメ『君の膵臓をたべたい』の映画作中にも、本書が「主人公が読んでいる本」として登場しているほど。そこに隠された作品への思いを、著者の彩瀬さんとの対談で語って下さいました。

(全2回掲載の1回目)

■劇場アニメ『君の膵臓をたべたい』に『やがて海へと届く』が登場

彩瀬 映画、拝見しました! すごいびっくりしました! 『やがて海へと届く』が『君の膵臓をたべたい』の映画に登場させてもらえたのはもちろん嬉しかったのですが、刊行の時期から数年しか離れていない本が同時代の映画の中に登場するというのは、あんまりみたことがなかったので、「こういうこともできるんだ」と新鮮な気持ちになりました。

住野 僕は『やがて海へと届く』を読んだ時点からずっとツイッターで、『君の膵臓をたべたい』の主人公に読んでほしい1冊をあげるなら『やがて海へと届く』だって言っていたので。今回アニメの中でそれを実現させられて、彼に贈ることができてよかったです。

▲『やがて海へと届く』が、住野よるさん劇場アニメ『君の膵臓をたべたい』に登場したシーンがこちら。

©住野よる/双葉社

©君の膵臓をたべたい アニメフィルムパートナーズ

彩瀬 ありがとうございます。はじめて『君の膵臓をたべたい』を読んだときには、主人公が『やがて海へと届く』のような作風の本を読んでいるイメージはなかったのですが、映画で彼が読んでいる場面を観て、彼自身への印象が変わりました。作中の「ある悲しい出来事」に対して、主人公が気持ちに折り合いをつけて活路を見出していくシーンでは、『やがて海へと届く』が過去の読書体験の一部として彼の中で機能できているだろうか、少しでも役に立てていたら良い、と祈るような気持ちになりました。フィクションの人が、現実のものを読んで変化する、という不思議な体験をしました。

■『やがて海へと届く』との出会い

住野 『やがて海へと届く』を読んだきっかけは、彩瀬さんと共通の担当さんからオススメされたからです。彩瀬さんという作家さんがすごい、と聞いていて。それでたまたま書店さんで単行本を手にとりました。「惨死を越える力をください。どうかどうか、それで人の魂は砕けないのだと信じさせてくれるものをください」という帯の文章を見たとき、本から手が伸びて胸倉をつかまれたような気持ちになったんです。これはすごそう、と思って読んでそこから彩瀬さんの本をわーと読む時期に入りました。

彩瀬 ありがとうございます。「惨死を~」という言葉は、本を書く前から絶対にどこかに入れないといけないと思っていました。

住野 『やがて海へと届く』を読み終わった瞬間、天を仰ぎました。すごい……って。それで共通の担当さんにめちゃくちゃ長い感想メールをお送りしたんですけど。僕が最初に思ったのは「こんなにも人の心に寄り添おうとしている小説を書いている人が、ちゃんと生きているのか」と。ぼろぼろなんじゃないのかなって。

彩瀬 笑。

住野 僕は『やがて海へと届く』を読んで、姿形も知らない彩瀬まるさんという方が、体操座りで座っている読者の横にそっと座って、「大丈夫、みんな傷ついているから」と言ってくださっているイメージを持ちました。この本は多くの人にそれがなされる本なんだろうって思ったら、人の苦しみを再理解して「こういうことにも傷ついていいんだよ」というような物語を描かれている優しい方が、こんなに苦しみに満ちた世界でちゃんと生きておられるのかな、と心配になりました。

■『やがて海へと届く』ができるまで

彩瀬 『やがて海へと届く』を書くとき、最初に担当さんから執筆依頼を受けたときは、「震災で感じたことを何か入れてもらえたら」というご依頼だったんです。でもいざ書き始めると、「何か」ってとても難しくて。それだったら「感じたこと」や「これだけは書かなきゃだめだって」思ったことを正面から書くものにしようと思ったんです。

「何を絶対に表現しなくてはいけないのか」――。私は一人旅の途中で被災したんですが、地震で沿岸部を走る電車が止まったあと、隣駅までとりあえず宿をとろうと歩き出しました。土地勘もないから、わかりやすい線路沿いをゆっくり歩いてのんびり行こうって思ったんです。それに線路沿いの道を見たときに私は「好印象」をもった。明るくていい感じに林もあって、歩きやすそうで。でもたまたま地震でその道の端が欠けていたんです。工事の人に「道が欠けていて危ないから内陸に入って」と言われて。それで別の道を歩いていたときに、後ろから津波がきたんです。

その経験があるから、あっちにいったら死ぬ、という道が「超いい感じの道」だっていうことを知っていたんです。自分がそっちに行っていても全然おかしくなかった。じゃあ、自分がその道を歩いていって、普通に津波にのまれたら、はじめは「悲しい」と思うけど、そのあと、何を思うんだろうって。私は死んだ人の声はわからないけれど、「自分がその場で死ぬ想像」はできたんです。

私がもしあそこで死んだとして、苦しかったり家に帰りたい、といろんなことを思うだろうけれど、その先に何か物語はあるのだろか……。そう打ち合わせを担当さんとしているときに、でもきっとずっとその場所にいようとしないし、きっと歩くよねって話に行きあたりました。「死者は歩く」という思想を持ってもいいじゃないか。すみれも歩き続けるし、その苦しい瞬間にとどまっていないように努める、というのをまず書かなければいけないと思いました。

それをまっとうしていった結果、さきほど住野さんがおっしゃってくれた、傷ついた人の近くにいける話になれたのかなと思いました。ありがとうございます。

■『やがて海へと届く』への思い

住野 僕は『やがて海へと届く』は、死の恐怖が1%減る小説だと思っていて。それは、苦しいところにとどまっていないだろうなっていうことを描いてくださっていたから。そういう思いから、文庫化の際の帯コメントを書かせていただきました。

彩瀬 ありがとうございます! あんなに素晴らしい帯コメントを!

住野 人ってわりと年をとっても、死ぬのが怖いまま生き続けるって聞いたことがあって。ずっと怖いかもしれないけど、その恐怖をほんの少し、たとえば死の間際に『やがて海へと届く』を読んだことで、「あ、こうなるのかもしれない」って思えたり。たとえば、僕の身のまわりの人が死ぬときに、彼は苦しいところにとどまっていないだろうなって思えることで、死への恐怖を減らすことができるかもしれない。そんな思いで「いつか旅立つその前に、この本と出会えて良かった」というコメントとさせていただきました。

彩瀬 住野さんはやっぱりすごいな。コメントの力がすごいと思いました。言葉で人を捕まえる力が、ものすごいですよね。

住野 帯コメントの依頼をいただいたとき、一瞬でコメントを送り返したんですけど、実は帯コメント依頼がきていないずっと前からすでに考えていたんです(笑)。 自分が頼まれると思っていたわけじゃなくて、たとえば、自分が書くとしたらこうするだろうなって。大好きな本や大好きな音楽があると、大体「僕が推すならこう推す」というのを思うんですよね。

彩瀬 わかります。私も考えることあります(笑)。私ならもっといい文書くのに!とか。

住野 めっちゃ思います(笑)。

2月23日公開の第2回に続く

(2018年12月対談収録)

彩瀬まる

1986年生まれ。2010年「花に眩む」で第9回「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。自身が一人旅の途中で被災した東日本大震災時の混乱を描いたノンフィクション『暗い夜、星を数えて 3・11被災鉄道からの脱出』(新潮社)を2012年に刊行。『やがて海へと届く』で第38回野間文芸新人賞候補、『くちなし』(文藝春秋)で第158回直木賞候補となる。

住野よる

高校時代より執筆活動を開始。デビュー作『君の膵臓をたべたい』がベストセラーとなり、2016年の本屋大賞第2位にランクイン。その後『また、同じ夢を見ていた』、『よるのばけもの』(すべて双葉社)、『か「」く「」し「」ご「」と「』(新潮社)、『青くて痛くて脆い』(KADOKAWA)を発表し、いずれもベストセラーとなる。

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