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2018.09.01

レビュー

東条英機、石原莞爾、犬養毅ら「昭和の怪物」が残した歴史の闇に迫る

1冊で数冊分もの評伝を読んだような、「濃い」読書体験だった。

本書は7章仕立ての「昭和の怪物」列伝。東條英機、石原莞爾、犬養毅、吉田茂などいずれも「昭和の戦争」の渦中にいた軍人・政治家たちが勢ぞろいする。しかし本書の「濃さ」は、題材となる“人物のおもしろさ”だけではない。彼らを語る家族や側近・秘書、関係者など“証言者たちの層の厚さ”であり、著者が証言者たちと出会うなかで培(つちか)ってきた“視点の密度”によるものだ。

東條英機の妻や秘書官・赤松貞雄、石原莞爾の秘書・高木清寿や信奉者であり東條英機暗殺計画の首謀者・牛嶋辰熊、犬養毅の孫娘・道子、陸軍教育総監渡辺錠太郎の娘・和子、吉田茂の娘・麻生和子……。著者は「四十年余で四千人近くの人びとに会ってその体験や考え方を聞いてきた」という。普通に考えれば、証言者である側近や家族たちは当人のことを悪くは言わないひとたちだ。そういう証言者たちの前で、ときにいずまいをただし、ときに距離をとりながら「このような欠点があったのではないか」「こういうエピソードも語り伝えられているが」と質問し、言葉を引き出していく様子が細かく描かれていて興味深い。そうしたやり取りのなかで証言者たちがふとこぼす一言はじつにリアルだ。

第1章では東条英機の秘書官・赤松貞雄からこんな見解を引き出している。

「東條さんは軍人としてはアメリカとの戦争やむなしという側にいた。とくに陸軍大臣の時にはね。しかし首相になって陛下から白紙還元を命じられ、いわば条件付き首相だった。それで強硬策から転じて戦争より外交に力を入れよ、となった。だがつまりはそうできなかった。これは君、負い目だよ、だからひとたび戦争になったら勝たなければ、との姿勢に転じたんだな。」

太平洋戦争開戦の決断後、あきらかに戦況は悪化していったのにも関わらず、なぜ東條はいっさい終戦工作の道を探ろうとしなかったのか――。著者は東條英機を「思想なき軍人」と断罪してとどまるのではなく、赤松が語る、東條の屈折した論理に注目したうえで、「陸相時代に率先して『戦争』に針を傾け、そういう世論を代弁していた、そうした『自らの影』に、東條は首相になってから脅えたのである」と自身の見解を述べる。証言者の肉声を丹念に拾いながら各人物について独自の「視点」で捉え直すのだ。と同時に、題材となる人物同士を組み合わせ、新たな「視点」で捉え直そうとすることにも意欲的だ。

私の聞いた証言や風景は、私の中で咀嚼され、その折々にノンフィクションや評伝、評論として著してきた。しかし一定の時間が過ぎてみると、たとえば東條英機という戦時下の首相を私は七年近く取材を続け、その実像を明らかにすべく評伝を書いたことがあったのだが、この軍官僚によって指導された戦争の実態は、むしろ石原莞爾と比較対照することで、その歴史的罪が浮かび上がるのではないかと考えるようになった

こうした執筆動機を踏まえれば、本書は著者による“昭和史の聞き書きベストセレクション”であると同時に、これまで本には盛り込めなかった証言も含め、新たな視点で構成された待望の"オリジナル最新作"となる。とくに石原莞爾については、長い間準備しつつ、まとまった形で書いていない。本書第2・3章がはじめての原稿(初出「サンデー毎日」連載)という。

あたり前のことを言うようだが、ぜひとも1章から順々に読んで欲しい。件(くだん)の「思想なき軍人」東條英機と「理論派軍人」石原莞爾の対比だけでなく、各章が見事に好対照をなして隣り合わせ、次章にバトンをつないでいく。

第1章から第3章で取り上げる軍内ふたりの「怪物」に対し、第4章では軍外の人物、犬養毅を置く。時間を遡って「軍部台頭の端緒となる」五・一五事件をテロにあった「憲政の神様」の側から描いた後に、つづく5章では「軍部台頭を決定づけた」二・二六事件をこんどは軍内の犠牲者、陸軍教育総監・渡辺錠太郎の家族(娘・渡辺和子)による証言をもとに記述していく。終盤の6・7章で舞台は戦後へ。大本営の作戦参謀として中枢にいた元「軍官僚」瀬島龍三による自己保身のための史実改竄(しじつかいざん)と、戦中に「軍官僚」から締め出された元「文官僚」吉田茂のリベンジをかけた民主化への舵取りも、やはり対照的だ。

全7章を通しで読めば、昭和史の予備知識に自信がない読者(本稿筆者もそのひとりだ)であっても、軍部台頭から敗戦までの昭和前期と、戦後の講和条約発効までの昭和中期を立体的に理解できる。全7章で取り上げる事柄はけっして時系列ではないのに、読みながら昭和史のストーリーが自分の頭のなかに組み立てられていく気がした。もっと言えば著者と一緒に昭和史を読み解いていくような、そんな手応えを味わうことができた。

読み終えてみて、それは本書の伏流として描かれている著者の来歴にいつの間にか刺激を受けていたからだと気づいた。

作家としての出発点となった東条英機の取材にあたり関係者へ取材依頼の手紙を書きまくった三十代の頃。元陸軍参謀・瀬島龍三そのひとに取材した後に著者を取り込もうとして本人から囁かれた狡猾な誘いに応えなかった四十代後半の頃。そして、犬養毅の孫娘・犬養道子に「感情は感情、評価はまた別と考えて臆することなく語ってください」と諭された五十代はじめの頃のこと。

はたして、じぶんは昭和史の証言者たちにどう向き合い、どう書いていくべきか。その都度、著者は自問しながら歴史研究家・ノンフィクション作家としての態度、つまり自らの「視点」を鍛えてきたのだろう。そんなことを想像させられる場面が何度も登場する。著者は自身の来歴を語りながら、読者に向かって「昭和史或いはノンフィクションをどう読んでいったらよいか」、その真髄に触れるヒントを教えてくれている。だからこそこの本は「濃い」のだ。

レビュアー

河三平

出版社勤務ののち、現在フリー編集者。学生時代に古書店でアルバイトして以来、本屋めぐりがやめられない。夢は本屋のおやじさん。

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