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2018.01.06

レビュー

【激怒】「国民に主権を与えるな」発言──『憲法くん』に聞いてみよう!

2018年は政権与党を中心に改憲・加憲の論議がかまびすしくなる年になりそうです。気をつけなければならないのは政権が主導する“改憲空気の醸成化”“改憲のムード化”です。そんな“空気・ムード”に流されないために今こそ読んでほしい1冊です。

権利幸福嫌ひな人に、自由湯(じゆうとう)をば飲ましたい、オツペケペーオツペケペツポーペツポーポー、固い上下の角取れて、マンテルズボンに人力車、意気な束髪ボンネット、貴女に紳士のいでたちで、うはべの飾りは好いけれど、政治の思想が欠乏だ、天地の真理が分らない、心に自由の種を蒔け、オツペケペオツペケペツポーペツポーポー。

明治に自由民権運動に身を投じた川上音二郎が作り、流行らせた歌にオッペケペー節の1節です。自由湯はもちろん自由党(に象徴される民権活動)のこと。この言葉とリズムをもじっていえば「改憲加憲とうるさいやつに『憲法くん』を読ませたい」とすぐに思ったほどの優れた本です。

政治・社会諷刺をネタにしたコント集団「ザ・ニュースペーパー」で活動していた著者が独立後に公演を続けている一人芝居がこの絵本の元となっています。

この本で著者が訴えたかったものは“憲法の精神”というものだと思います。

まずそれは“基本的人権の尊重”“国民主権”“平和主義”というものです。これらものがなし崩し的に捨て去られようとしています。
「そもそも国民に主権があることがおかしい」
「国民が権利は天から付与される、義務は果たさなくていいと思ってしまうような天賦人権論をとるのは止めよう」
「国民の生活が大事なんて政治は間違っています」
このような発言が政府・与党の議員(元閣僚)が発したことがありました。これらはすべて近現代が大きな犠牲を払って獲得した「権利」の意義を無視した暴言です。

このような意思で「憲法くんをリストラ」されては憲法の存在意義そのものが崩されてしまいます。

憲法とは、国の力を制限するための、国民から国への命令書だということを、知っていますか?(略)わたし、憲法くんは、個人の自由がうばわれないように、国をおさめる人たちが、自分勝手な政治をおこなわないように、歯どめをかけているんです。

この憲法本来の意義をひっくり返した発言はなにをもくろんでいるのでしょうか。まるで個人と国との関係を逆転させようとしているかのように思えてなりません。国を優先する論拠にケネディの演説ばりに「国があなたに何をしてくれるか、ではなくて国を維持するには自分に何ができるか」という言辞がなされました。ですがこれはケネディの演説に底流しているアメリカ民主主義の理想への無理解・曲解でしかありません。ケネディの演説を読めば(『世界を変えたアメリカ大統領の演説』参照)、ケネディが国と呼んでいるのはアメリカの民主主義が現実化している国家のことで、その国家を造りあげるために国民に呼びかけているのです。国家に奉仕しろなどとはいっていません。ケネディにとっては人権を守るものとしてアメリカがあったのです。

“憲法の精神”はこの3つに代表されますが、“憲法くんの精神”はそれだけではありません。

理想と現実がちがっていたら、ふつうは現実を理想に近づけるように、努力するものではありませんか。

改憲論議で必ず持ちだされるのが「時代にあわない」「現実にあわない」という紋切り型の言辞です。確かにヨーロッパの諸国をはじめ、憲法を改正している国は少なくありません。けれど重要なのは、改正された憲法が改正前の憲法より「人権」を軽んじるものになった国がいくつあるかということです。

もしも“現実や時代”によって「人権」が軽んじられるようになったのなら、それは人権思想の劣化・敗北です。理想の喪失です。もしも理想が失われそうになったなら、そんな“現実や時代”を変えて、以前の理想の上に新たな、現実に屈しない理想を作りあげる。それが先人から引き継いだものを守ることになります。それができないのは、ただ現実(と呼んでいるもの)に屈服しているだけに過ぎません。

また「日本国憲法はアメリカが押しつけたものだ」という声もあります。では、憲法を改正すればアメリカ追従(=従属)が止むのでしょうか。「横田空域」と呼ばれるアメリカの管制業務を止めることができるのでしょうか。「横田空域」といっても東京だけでなく管制空域は神奈川県や静岡県、北は新潟県まで1都8県にまたがっています。全国の基地上空を含めて、管制業務というものは実効的には制空権をアメリカに渡していることと同義です。この横田空域の管制権は、日米地位協定に基づいているものです。

『憲法くん』の著者・松元ヒロさんが森達也さん(ドキュメンタリー映画監督・ノンフィクション作家)の近著のなかでこんな言葉を残しています。

江戸時代から公共の概念が変わっていない。やはりお上ですね。自分で決めない。政治家に決めてもらう。自分でも本当に絶望的な気分になるんですけど、だからこそ笑いが重要だと思うんです。

権威・権力崇拝(=支配)を相対化するものの1つに笑い(諷刺)があります。現実の変化や危機を声高にいう、しかつめらしい政治家の言辞に惑わされないために、笑い(諷刺)は大いに役立ちます。そのような笑いもまた必要なのだということも教えてくれる1冊です。必読書です。

憲法くん

作 : 松元 ヒロ
絵 : 武田 美穂

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レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note⇒https://note.mu/nonakayukihiro

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