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2017.05.03

レビュー

「日本国憲法」発案者は日本人だった!? GHQマッカーサー草案の闇

改憲論議が激しくなっています。なぜ改憲が必要なのか、丁寧な検証もなく、時代趨勢という「空気」「なんとなくの雰囲気」で醸成されているようにも思えます。その前に考えなければならないことがあります。それは「憲法とはどのようなものだと思いますか」であり「現行憲法を知っていますか」というものです。

改憲を主張する安倍首相は日本国憲法を「いじましいんですね。みっともない憲法ですよ、はっきり言って。それは、日本人が作ったんじゃないですからね」と評しています。けれど少し考えて見ればこの考えが奇妙なことに気がつきます。

「いじましい」のは何でしょう。憲法の理念でしょうか。それとも自力で憲法を作ることができなかった日本と当時の支配層でしょうか。唯々諾々と(?)占領行政に従った当時の政治家・官僚・財界への批判だと思っているのでしょうか。けれどそれを批判する資格が誰にあるのでしょうか。確かに今は直接的な占領行政は行われていません。けれど、日米同盟唯一主義はソフトな占領行政となんら変わりません。

では現行憲法の理念は「いじましい」のでしょうか。昨今、国民主権がそもそも間違いだとか、基本的人権はいらないというような発言が自民党から出ています。安倍首相にいたっては憲法を問われると「考え方の一つとして、いわば国家権力を縛るものだという考え方がある。しかし、それは王権が絶対権力を持っていた時代の主流的な考え方であって、いま憲法というのは日本という国の形、理想と未来を、そして目標を語るものではないかと思う」と答えています。

明白な間違いであり、歴史の勉強不足です。憲法は王権だけでなく権力者・為政者を縛り、市民・国民の権利を侵害させないためにあるものです。それは近代憲法がどのような歴史的変遷を経て成立したかを見れば分かります。憲法とは何かということが分かっていないとしかいいようがありません。

では「日本人が作ったんじゃないです」という論点はどうでしょうか。この憲法観に一石を投じたのがこの本です。確かにGHQ草案は存在します。けれどこのGHQ草案に大きな影響を与えた日本人がいました。その日本人の名は鈴木安蔵といいます。鈴木は民間の憲法研究会の一員でした。この憲法研究会には高野岩三郎、杉森孝次郎、森戸辰男、室伏高信と鈴木安蔵で結成され、のちに馬場恒吾が加わりました。

この憲法研究会は日本文化人連盟の創立をきっかけとします。「日本文化人連盟とは、社会主義者、右翼、文学者などさまざまな顔ぶれが、『無条件降伏で日本がへたばってはだめだ』の一念で集まって設立」された組織です。この組織で高野岩三郎が「民間で憲法制定の準備、研究をする必要がある」と呼びかけて生まれたのが憲法研究会でした。鈴木は憲法学者として参加することになります。

憲法研究会は1945年12月26日に重要な文書を日本政府と記者団に発表しました。『憲法草案要綱』です。この文書に示された徹底した国民主権の理念はGHQに大きな衝撃を与えることになりました。(『憲法草案要綱』の全文はこの本の最後に収録されています)
──(GHQに派遣されていた政治顧問)アチソンは、「ある私的な研究者集団」の憲法改正草案が、第一条「日本ノ統治権ハ日本国民ヨリ発ス」をはじめ、きわめて注目すべき内容であることを報告している。彼は、「さらに重要なことに、最高統治機関は議会・国会に責任のある内閣となっており、天皇は儀礼的・形式的長官にすぎないと規定されている」と興奮気味に伝えている。──
 
重要なのはGHQを驚かせた憲法草案要綱の理念がどこから生まれたものなのかということです。明治の自由民権運動にその出自がありました。自由民権運動の重要人物であった植木枝盛がその淵源でした。鈴木安蔵はこの植木枝盛の研究者としても知られていた人物でした。

明治の自由民権運動はいくつかの民間(草の根)憲法草案を生み出します。私擬憲法とよばれるもので、60以上のものが存在しました。五日市憲法(千葉卓三郎案)などが著名ですが、私擬憲法の中で最も民主的、急進的な内容とされる『東洋大日本国国憲按』を起草したのが植木枝盛でした。

しかしこれらの私擬憲法は大日本帝国憲法(明治憲法)によって追いやられてしまいました。けれど植木らが私擬憲法に込めた理念は太平洋戦争後、鈴木安蔵らの憲法草案要綱の中で新たな光を当てられることになったのです。

この憲法草案要綱は、当時のアメリカだけでなく世界の人権意識水準を抜くものでした。なにも欧米流の押しつけでも密輸入でもありません。マッカーサー草案にぬけている「社会的基本権」「国民投票」も提案されていました。
──研究会草案は、豊かな社会的基本権をもっていた。たとえば国民の休息権と八時間労働制、有給休暇制を保証した条項では、療養所・社交教養機関まで設置することを憲法で保障すべきだとしている。──

鈴木安蔵の脳裏にあったのは「一種の福祉国家構想」だったのです。小西さんは鈴木の構想に触れてこのような感慨を記しています。
──この構想が日本国憲法に生かされていれば、後年に起きた水俣病ほか公害病・薬害事故に迅速に対応できのではないか、と私は考えるのである。──

それだけではありません。現在の私たちに重要なことを提起しています。
──研究会案が明確な直接民主制志向を示していたことである。国民投票によって議会が解散されることもあるし、国民投票によって議会の決議を無効にすることもできたのだ。大審院長・行政裁判所長・検事総長も公選によって選ばれることになっていた。──

このような「憲法研究会案の福祉国家志向と直接民主制志向」は現在でも考えるに値するものだと思います。

忘れてはならないことは、この憲法草案要綱の基本理念は「押しつけ」などではないということです。明治日本の自前の思想が生んだものです。このことは誇りに値することだと思います。

ともあれ、憲法草案要綱はGHQ民生局のラウエルやカナダの外交官で歴史家・日本文化研究家のハーバード・ノーマンらを通じてマッカーサー草案へ少なからぬ影響を与えたのです。この経過を描いた部分は優れたドキュメントノベルを読むような興奮を覚えます。

──憲法構想は、戦後を突き抜けて、二十一世紀の未来まで射程に入れて、私たちに「憲法はいかにあるべきか」と示唆しているのである。──
憲法草案要綱は大きな可能性を秘めています。そのことも忘れてはならないと思います。いい加減な憲法観で、現行憲法を批判したり、むやみに憲法、改憲を語る前にぜひ読んでほしい良書です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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