「文学をこう楽しむのもありでしょう?」
そんなカラスヤさんの思いが込められたコミックによる日本文学案内(入門?)です。作品の内容だけでなく、取り上げた文学者の個性まで取り込んで描かれたコミックはどれも読みごたえがあります。
根本にあるのはカラスヤさんの飽くなき好奇心!
冒頭、いきなり『田山花袋の日本一周』の復刻版に付けられた大正4年の列車時刻表を片手に東海道を旅します。題して「大正4年の時刻表で行く東海道線 車窓の旅」。(これ空想旅行だと思うのですが……)
花袋の文章から当時の景色を浮かびあがらせ、現在の風景に重ね合わせながら綴る旅は幻想旅行のようでもあります。当時の駅弁をも蘇らせ、長い旅路のありさまを描いています。このへんはコミックならではの手法で、ツッコミをいれつつ飽きさせない(?)旅となっています。
旅といえば著者の好奇心が織りなす旅で秀逸なのはフランシスコ・ザビエルの章です。といってもヨーロッパから日本への旅を再体験(?)したのではなく、ザビエルとカソリックの異端審問を巡る旅です。日本にキリスト教を伝えた聖人ザビエルが異端審問に関わっていたという情報を耳にした(目にした?)カラスヤさんがザビエルについて書かれた本を読みまくります。
そして見出したのは狂信ともいえるザビエルの行動でした。インドで偶像破壊に走る少年の行動を好ましく思っていたザビエル。さまざまな文献を渉猟(しょうりょう)してカラスヤさんはついにインドで異端審問に加担していたという証拠文書にたどりつきました。この執念、並大抵ではありません。もしかしたらこの章の原稿料以上に古書代を使ったのではないでしょうか。
こういった本・古書への愛情がこの本のいたるところにあふれています。
さらに愛情と執念で発見したのが宇野宗佑の著書。宇野宗佑といえば、リクルート事件で自民党の有力者がてんやわんやになったとき(首相の竹下登首相の退陣、安倍晋太郎、宮澤喜一、渡辺美智雄らは表にでられなくなった)、竹下の後を追って総理になりました。なったものの女性問題のスキャンダルが発覚し、69日で退陣とあまりいいイメージが残っていません。ところが宇野はすぐれた歴史書をいくつも著すなど才人でした。それらの著作が素晴らしく、カラスヤさんは最初は同姓同名の他人と思ったそうです。
ここで取り上げたのは宇野の2年間におよぶシベリア抑留体験記、『ダモイ・トウキョウ』です。宇野の名著です
──抑留を終えた日も、不本意すぎる辞任の日も、その心境を同じ言葉であらわして、一切言い訳をせず表舞台を去った。宇野宗佑氏を私は超かっこいいと思う!──
「明鏡止水」という同じ言葉を残した宇野、その姿にカラスヤさんは強い感銘を受けます。人のありよう、出処進退を考えさせる章です。言い訳だらけの現在への静かな批判なのでしょうか。
原民喜と林京子の作品は戦争・原爆を主題としたものが有名ですが、かつてカラスヤさんは原の作品を読んでこう思ったそうです。
「この人が原爆にも妻の死にもあわず書いたものは、いったいどんなものになっていただろう……」
この旨を書評マンガに描いたところ、奇しくもそれを目にしたある出版社から連絡が入りました。その出版社は原民喜のそのような作品を集めた本を出版していたのです。矢も楯もたまらずその本を入手したところから「原民喜と原爆と魔法」という章が始まります。
原の詩的な文章、丁寧に描かれた美しさにあふれる風景と日常生活を綴った作品群。けれどその背後になにか「淋しさ」とでもいうものがあるのを感じさせずにはおかない。その感受性を持ったまま生きていた原でしたが……、
──いつかは誰もがいなくなる……。これも子どもの頃は誰しも思う恐怖と不思議を、ずっと保って描き続けた稀有な感性がある日……原爆にあってしまったのだ……。そしてその目で本当に突然に失われていく世界を見る──
この章はカラスヤさんの感性が全開された佳品です。
さらにカラスヤさんの感性が感応した一連の作者が登場します。武林無想庵、岩野泡鳴、それに徳田秋声と山田順子。山田順子は徳田秋声と竹久夢二の愛人だった「魔性の女」とも呼ばれる女性です。
この人たちから感じとれるのは“人間の業(ごう)”というものです。どれも一歩間違えればただのワガママになりかねない“我執”に取り憑かれた人たちです。愛憎がまさしく表裏一体となっていた徳田秋声と山田順子、デカダンスを地でいった武林無想庵、強大な自我の持ち主であるかのような岩野泡鳴、誰も呆(あき)れるようなエピソードがあります。けれど、それ以上に私たちを魅せるものがあります。その魅力をコミックで表現したこれらの章からはカラスヤさんの本領が発揮されています。
そしてまたこの本には今の日本人へ向けてのカラスヤさんの静かなメッセージがひそんでいるように思えます。
──ああ……この先どうなるんだろう。また戦時のような暗黒の時代に戻ってしまうのか……──
で始まる、秋田雨雀を取り上げた「もしも特攻に掴まったら」の章。また退役軍人のプロフィールをまとめた本について描かれた「戦没者名簿を読む」では、こんな言葉が記されています。
──戦争は二度としてはいかんとふり返って述べつつも、いざこういう記事になると勇猛な感じが出るというか……。──
辛い思い出も戦闘となると勇ましく語ってしまう……。ここいらに戦争体験を伝えることの難しさがあるのかもしれません。
コミックと近しいユーモアを求める人には「ネタと笑いの斎藤緑雨」の章と「戦時下のムー大陸」の章がオススメです。
ともあれ総勢84名の文学者たちをさまざまな語り口で描いた日本文学の世界、個性あふれる彼らの世界を知るにつれて、新たな彼らの魅力を再発見できると思います。きっとこの本で取り上げた本を読みたくなるに違いありません。
ところでこの本には「講談社BOOK倶楽部 今日のおすすめ」で掲載した「カラスヤサトシの文庫で100年散歩」の一部が収録されています。未収録分も同サイトで読むことができますので、検索してください。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。