本書は、『今からあなたを脅迫します』に続く、「脅迫屋」シリーズの第2弾。前作に引き続き、お人よしの女子大生、金坂澪(かねさか・みお)と、「脅迫屋」の千川完二(せんかわ・かんじ)が活躍する犯罪ミステリの快作です。
まずは前回のおさらいから
おはぎが好物で、「無駄にお金持ち」。よく言えば善人、悪く言えば世間知らずの女子大生、金坂澪のもとに届いた差出人不明の封筒。封筒の中身はメモリーカードでした。元カノと一緒に振り込め詐欺を働いたサトウなる男が、別の男──目出し帽の人物に銃を突きつけられている動画をおさめたメモリーカード。
目出し帽の男は、元カレのサトウの身の安全と引き替えに、被害者からだまし取った金を払えと澪を恫喝します。しかし、これはとんでもない勘違いでした。なぜならサトウは、澪の元カレではないからです。この人違いがきっかけで「脅迫屋」の千川完二と出会った澪は、やがて殺人事件、そしてテロ事件へと巻きこまれてゆきます。
脅迫、詐欺、殺人、テロ。扱っている題材は物騒なものばかりですが、個性的な登場人物たちの軽妙な会話がリーダビリティのひとつになっていて、『今からあなたを脅迫します』は陽気で楽しい推理小説の佳品です。澪の心が少しずつ変化してゆく成長物語でもあり、そうした作品の魅力は、シリーズ第2弾の『透明な殺人者』においても、しっかりと引き継がれています。
新キャラ「ナンパ師」が登場するシリーズ第2弾
その「脅迫屋」シリーズの魅力として忘れてはならないのが、主役の澪と千川の脇を固める、その他の登場人物たち。千川の仕事を手伝う相棒の目黒。ギャルのハッカー、栃乙女(とちおとめ)。「平成のフィクサー」の異名を持つ政界の大物など──シリーズ2作目の本書では、さらにスナオという名の、謎のナンパ師がメインキャラクターとして登場します。
物語の序盤、澪はそのスナオとともに闇金業者と対決。ほどなく、その闇金業者に協力していた人物が、不可解な事故死を遂げます。しかも、事故死の現場に、あの千川完二がいたらしい。
殺しまではしないはずの千川を追ううちに、澪とスナオは新たな事件へと巻きこまれてゆく。やがて浮かび上がってくる謎の輪郭。事件の真相が明かされると同時に、読者は、副題の『透明な殺人者』の意味を察することでしょう。シリーズ全体にまたがりそうな巨大な謎の存在にも気がつくはずです。
陽気な犯罪ミステリが内包する批評性
シリーズの今後の展開としては、澪と千川、そしてシリーズのファンである読者たちも、より大きな流れに巻きこまれてゆくのではないでしょうか。「脅迫屋」シリーズは、前作も今作も単巻の推理小説として充分に楽しめますが、それでいて、シリーズ作品の大作になりそうなスケールの大きさを、ひしひしと感じさせます。
大作の予感は、作品が持つ批評性からも感じ取ることができるはずです。「脅迫屋」シリーズは軽快なテンポの陽気なミステリでありながら、ときどき鋭い批評性が顔をのぞかせる作品でもあるからです。たとえば今作では、「ギュゲスの指輪」(プラトンの『国家』で、プラトンの兄グラウコンがソクラテスへ問いかけた正義に関する思考実験)をたとえに出し、平然と人が悪事を働く心理を語るなど、楽しいだけのミステリではない側面も併せ持っています。
といっても、そうした批評性に押しつけがましさは一切ありません。僕の勝手な想像ですが、そのあたりの絶妙な塩梅は、まずはエンタメ小説として「脅迫屋」シリーズを楽しんでもらいたいという、著者・藤石波矢(ふじいし・なみや)さんの意識の表れであり、小説家としての上手さだと思っています。
楽しみなシリーズ3作目
そんな「脅迫屋」シリーズですが、早くも3作目が10月に発売されるようです。2作目の出版から、わずか2ヵ月のスピード刊行。1作目が上梓されてから2作目が出るまで1年以上の間があったので、シリーズのファンには、これは嬉しいサプライズでしょう。
僕はこのレビューを9月下旬に執筆しているので、10月発売の3作目はもちろん未読です。本書で少しだけ明らかになった千川の過去。その千川と澪の関係はどうなっていくのか。ギャルハッカーの栃乙女に、千川の相棒の目黒の今後。本書で初登場したナンパ師のスナオの動向も気になります。
コミカライズ、連続ドラマ化、そして原作!
ちなみに「脅迫屋」シリーズは、pixivコミックですでにコミカライズされ、3作目が出る10月にはディーン・フジオカさんと武井咲さんのW主演で連続ドラマ化される、今まさに注目のシリーズ作品です。「脅迫屋」シリーズのいちファンである僕としては、このメディアミックスをきっかけに原作小説も手に取ってくれたらなと思っています。さらなる盛り上がりを見せそうな「脅迫屋」シリーズから、今後も目が離せません。
※TVドラマの公式サイトはこちら⇒http://www.ntv.co.jp/kyohaku/
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。