人を見誤ってしまった……という思いを抱いたことのない人はいないでしょう。人間は間違える生きものなんだからと、つい自分にいいわけしたことありませんか?
──人は、他人の「あるがまま」をそのまま客観的に拾い上げ、公平に目の中にインプットすることはできない。あくまでも、「自分が見たいもの」だけを見る生き物なのだ。──
よく耳にする言葉ですが、だとしたら、自分の「見方」を変えれば間違うこと・騙されることは避けられるのでは……? その疑問に正面から答えたのがこの本です。間違いに後悔したことのある人には必読の1書です。
この本は誤った判断・認識力がどのように作られていくか、さらに、それを防ぐにはどのようにすればいいのかを豊富な実例に基づいて解き明かしたものです。
どれもが分かりやすく書かれていますが、脳・記憶を解明した第1章の前に第2章「こうして人は騙される」から読まれてもいいかもしれません。
第2章では30に渡る「人を見誤らせる心理術」というものがコラム風に綴られています。この要素を大きく分類すると5つの思い込み・勘違いが人間の判断を誤らせるもとになるそうです。(それぞれの効果は本を手にしてください)
1.「この人はいい人だ!」:心を開かせ、油断させる。ジョハリの窓、ペーシング、スティンザー効果、アンダーマイニング効果、ピグマリオン効果、バンドワゴン/アンダードッグ効果。
2.「これは納得のいく話だ!」:説得されやすくなる。両面提示効果、メタ認知、モデリング効果、スリーパー効果、フレーミング効果、ランチョン・テクニック。
3.「こんな貴重なものはない!」:魅了され独占欲を煽られる。50%効果、カリギュラ効果、ザイガルニック効果、リアクタンス効果、代替案効果、ロミオとジュリエット効果。
4.「この人についていこう!」:マインドコントロールを起こす。条件づけ、間欠強化、ダブルバインド、ロー・ボール・テクニック、コントロール・イリュージョン、気分一致効果。
5.「この人はただ者じゃない!」:根拠のない信用・服従。フォアラー効果、認定評価効果、プライミング効果、ターゲティング、インプリンティング、自己知覚理論。
このような誤りを人に生じさせるのには自分自身に対する「自己確認」と「自己拡張」というものの中にある落とし穴です。
「自己確認」とは「自分自身でもすでに知っている自分」を他者から指摘されることであり、これは「記憶にはさほどとどまらない」ものでもあります。自己認識を強めるというものです。
それに対して「自己拡張」とは自分では気づかなかった自分を他者から指摘されるということです。ここに盲点があります。
──いままで思い込んでいた「自己」の範囲が、心の中で拡大されていくと、その相手のことを「すごい人かもしれない」と尊敬しやすくなる。──
たしかにどんなに褒(ほ)め上手でも自己確認ばかりではつまらなくなります。心にもないことを……というように時には信頼できなくなることもあるかもしれません。つまり人は自分で気づいている(と思っている)いることをいわれるよりも、「これまでに言われたことのないような評価」をしてくれる人の言葉のほうが、良くも悪しくも心に残るのです。
──自己拡張コメントをしてくれる人の言葉を、人は盲信しやすい。──
これはコラムで紹介されている「両面提示効果」にも通じます。両面効果とは商品などの説明でポジティブな面だけでなくネガティブな面を提示することでかえって商品への信頼を増すと感じさせるものです。ここにも商品の肯定的な「確認」だけでなく、ネガティブな面で「拡張」させることで信頼を獲得しようとしていることがうかがえます。
さらに、相手の二面性をあえて指摘することで相手を取り込むという「フォアラー効果」という手法も紹介されていますが、ここにも「確認」と「拡張」というものがあらわれています。
ではなぜ人は「確認」と「拡張」の落とし穴におちいってしまうのでしょう。
そこには脳・記憶のメカニズムが大きくかかわっています。これが第1章のテーマです。「ほとんど主観でしか」見られないという人間の認識はどういうものかというと……、
──印象形成において、人物に関する「客観的な」データはほとんどインプットされないのである。──
それにくわえて「生半可な知識」が、時には過去の「記憶」というものが予断・先入観を生み出します。これが見誤りや騙されることに繋がっていきます。
なぜそうなってしまうのでしょうか。ここには「ケチ脳」という脳の働きがあります。「生半可な知識」や過去の「記憶」が使われてしまうのは、私たちの脳が「トップダウン処理(推論)」を行いがちだからです。知識・信念・感情・記憶等をもとにして情報判断をするということで脳の働きを軽くしようとしているのです。(心理学で脳の「節約原理」として呼ばれているものです)。
──いくら自分は客観的だと自負していたとしても、コンピュータのようなボトムアップ型(データ駆動型)の処理は、ほとんど行っていないことが実験でも示されている。むしろ私たちは、常にトップダウン型(理論駆動型)にものを見ていることが、心理学では常識となっているのだ。──
知識・信念・感情・記憶等が理論駆動にかり出されます。このケチ脳というシステムは記憶容量を圧迫させずに多様な情報を処理しやすくするという合理性を持っています。
──ケチ脳は機能的ではあるが、ときとしてその便利なシステムのために、見誤りも起こさせるのだ。そのため、経験豊富なベテランに限ってときとして大きな人事ミスをおかしてしまうというような、「パラドックス」がしばしば起こる。──
過去の「記憶」というものにも問題があります。偽りの記憶というものが紛れ込むことがあるからです。この本で偽りの記憶を生みやすいシチュエーションが4つあげられています。
1.会話しながら想起する。
2.時間をかけて繰り返し想起する。
3.集団で想起する。
4.ハイテンションなときに想起する。
私たちの判断というものは本当は危ういものの上にのっているというべきかもしれません。自己確認は時に自己肯定になりがちですし、その判断を先入観(既得の認識)としてケチ脳を動かすことも起こるかもしれません。錯誤の連鎖です。
なにより重要なことは私たちの判断には「ケチ脳」が働いていることに気づくことです。「自己確認」や「自己拡張」もこの「ケチ脳」が働いているのではないかと疑うこと、それが肝心なことになります。
だれもが現在への不安や不満、あるいは逆に他者への支配欲に取り憑かれたとき、ときに騙されることになりがちです。そのようなことに陥らないためにも熟読してほしい1冊です。おもしろくてためになると呼べる良書です。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。 note https://note.mu/nonakayukihiro