聞くことの難しさを分析した良書に『〈聞く力〉を鍛える』(伊藤進著)があります。その本ではコミュニケーションの本質は人との「分け合い」であり、「コミュニケーションがうまくいっている」というのは、「分け合いがうまくいっている」ことだと語られていました。さらに「分け合い」にはスキルが必要だともありました。
佐藤さんの本書は、伊藤さんと異なった観点からコミュニケーションのスキルを追求したものです。
佐藤さんのいうスキルが「傾聴力」と名づけられたものです。これには3つの特徴があります。
1.徹底した感情移入の力:相手の「感情」をきちんと受けとめて言葉の裏の真意を聞き取る。
2.感情コントロールの力:自分の感情に振り回されずに、自己コントロールしながら相手に無条件の関心を向ける。
3.聞きわけて訊く力:相手の話の中から必要なことを聞き分けて、問題を解決していくための「質問力」。
なぜこの「傾聴力」は日本人には必要なのでしょうか。この分析はコミュニケーションから見た日本人論となっていて、実例を引きながら詳細に記されています。ぜひ確かめてください。
その中のひとつに日本は「高コンテキスト文化」の社会であるという指摘があります。E・T・ホールという人類学者が指摘した日本文化の特徴だそうです。
──「コンテキスト」は「状況」です。人々がはっきりとその考えや感情を明言しなくとも、その人の置かれている状況、つまりコンテキストがすべての情報を物語っている、そういうコンテキストの文化を持った国が日本だと言ったのです。(略)欧米ではこれは通りませんから、「一つよろしく」などと言う代わりに、何をどのようにするかを一つずつ明言し、ときには書面にする低コンテキスト文化なのです。──
つまり日本では個人の主張を聞くよりも、「その場が持つ内容や雰囲気」を読むことが大切になっているということです。これは例の「空気・雰囲気」というものが重要視され、それらが私たちに同調圧力をもらたしているということに通じます。佐藤さんはこれを「暗示文化」と呼んでいます。
この「暗示文化」では「相手の言葉の裏の裏を読む」ことが必要です。これができなければコミュニケーションをうまくとることができません。そしてうまくできるためになにより重要なことが「感情移入」というものです。
──言葉を聞くよりも、言葉の裏にある相手の感情が悲しみなのか喜びなのか、その感情を第一番に聞き分けることが必要なのです。その上で相手の感情と自分の感情を合わせて、その感情を言葉や顔の表情で返していきましょう。──
これが佐藤さんが「情動のダンス」と呼んでいるものです。
感情移入して聞くということがどのようなものなのかは第2章で具体例を挙げて解説しています。同じ言葉が(たとえば「まあまあです」「精一杯頑張ります」など)が幾つもの解釈の幅があることを検証しながら、その言葉の奥にあるものを探って行きます。対話例として興味ふかいものです。じっくりと読んでみてください。また同時に「感情移入しにくい障壁」として、プライド、支配欲、相手への攻撃性などが上げられています。対人心理として読んでもおもしろく感じられると思います。
コミュニケーションの「情動のダンス」を上手に行うには、こちらの「感情をコントロール」することが重要になります。自己の怒り、悲しみ、自負心・自尊心に曇らされることなく相手に接することが「感情移入」を行う上では重要になります。物事や相手に「先入観」を持つことや、「かぶせ発言をしない」、さらに「ウンチク」「また聞き」といったものを避けるのも重要です。そしてなによりいけないのが「無関心」でいるということです。
こうして身につけた「感情移入力」を持って相手に接すると相手からも豊かな「感情」が返ってきます。「コミュケーションの互恵性の原理」と呼ばれるものです。このような関係を相手と築くことができれば、質問力も自ずと身についていきます。
この「質問」のシーンでも「情動のダンス」が現れます。それが「聞いて訊く」ということです。
──質問しながら同じ言葉や動作を繰り返していくと、相手がどんどん乗ってきて、よい効果が生まれていきます。たとえば「○○についてはどう思いますか」。「○○ですね? それについては~」とまず相手の言葉を引き取って、それから自分の意見を言う。(略)質問をし、その質問の中の言葉をもう一度使ってそれに答え、相手がある動作をしたら、その動作を重ね合わせていく。こんな繰り返しをしていくのがパフォーマンス学でいう「情動のダンス」です。動作を引き起こす感情が揃い、その結果同じ動作をすることによってさらに気持ちが揃っていって、ちょうど二人の人間が気持ちと動きを合わせてダンスを踊っているような感じになるのです。──
ここからは協力というものが自然と生まれてきます。また、こうした関係はそのまま豊かな人間関係へとなっていきます。
この本の最後に「初対面でうまくやる法」が紹介されています。
1.自己開示:よく訊いてくれる人の話をよく聞きたいと思うのと同じように、自分のことを開示してくれる人には、聞き手もまた自分のことえお開示したいと思うのです。「聞き方の互恵性」と同じです。
2.相手の言葉を言い換える:話し手の安心と話の明瞭化ができる。
3.共感抜きの励ましと助言は逆効果。
4.「わからない」も誠意ある答えになることがある。
5.問題の否定を人格否定にしない。
忘れてはならないことは「理性の判断に心情の声を添えて」接するということです。
──理性がないと仕事はできない。しかし、心情がないと人を動かすことはできません。──
この本を読んで「パフォーマンス学」に気づき、それらに注意し、今の自分のコミュニケーションスキルを検証してみてはどうでしょうか。たくさんの気づきにあふれた1冊です。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
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