横浜の今と昔をたどる連作短編
『横濱エトランゼ』の著者、大崎梢(おおさき・こずえ)さんは、講談社ノベルスのサイトでこんなふうにおっしゃっています。
──横浜市内に住むようになって、二十年以上が経ちました。となれば、歴史についても多少は明るくなってよさそうなものですが、のんびり散歩するくらいではなかなか頭に入ってきません。そこで小説の中で、元気のいい女子高生と共に、横浜の今と昔をたどってみることにしました。──
そうして生み出されたのが、横浜のタウン誌「ハマペコ」でアルバイトをする女子高生の千紗(ちさ)です。著者の大崎さんがおっしゃっているように、読者はこの千紗とともに「横浜の今と昔をたどって」ゆきます。
具体的にどうやってたどってゆくのかというと、地元密着型の小さな謎を解き明かしながら、です。『横濱エトランゼ』は「元町ロンリネス」「山手ラビリンス」「根岸メモリーズ」「関内キング」「馬車道セレナーデ」の5編からなる連作短編で、それら各短編にちょっとした謎が存在するのです。
たとえば「元町ロンリネス」では、元町百段。元町百段というのは、大正12年の関東大震災で崩落した長い階段のことです。それ以来、再建はされていないのですが、千紗は、元町百段を上り下りしていた、と言うマダムに出会います。マダムは昭和生まれ。大正時代に崩落した元町百段を利用できたはずがなく、彼女は幻を見たのでしょうか。それとも千紗が嘘をつかれた?
他にも各短編を読めば、意外と知られていない横浜の歴史と地理をのぞき見ることができます。世間一般にあまねく知れ渡る現在の横浜ではなく、華やかは華やかでも、歴史の局面から写し取った淡いセピア色の景色の中で、淑やかな印象を抱かせる横浜です。
恋の行方とエトランゼ(よそ者)
他方、物語の進展に合わせて、そうした横浜の歴史や地理以上に徐々に気になってくるのが、千紗の恋の行方です。千紗の片想いの相手は7つ年上の幼馴染みで、「ハマペコ」編集長代理の、善正(よしまさ)。
なかなか進展しないふたりの恋が、にわかに変化するのが「馬車道セレナーデ」。善正に関連して、千紗が最も警戒している女性が海外から帰国。そのことで、焦る千紗。混乱する千紗。そうした千紗と善正の恋の行方もさることながら、「馬車道セレナーデ」からは、連作短編のしんがりだけあって、深いメッセージ性も感じ取ることができました。終盤の千紗と善正の会話がそうです。ぜひ紹介したいので、そこから一部抜粋します。
千紗「よそ者って哀しい言葉だね」
善正「みんなよそ者だよ。国や土地に限らない。学校も会社も、入ったときはみんなよそから来た人間なんだ」
善正「新しく来た人を端から拒絶しない場所、少しでも親切に接することのできる場所が、いい場所だとおれは思うんだ」
千紗「私もそうだね」
優しい言葉です。僕たち私たち人間が、決して忘れてはならない優しさではないでしょうか。温もりを宿した千紗と善正の会話が、たしかに心に響きました。
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。