子供のころに読んだ本の中で、最も印象に残っている1冊と言ってもいいのが、コロボックルシリーズ「だれも知らない小さな国」。といっても、40年以上も昔なので、覚えているのはコロボックルという名前だけで、内容は全く思い出せないのですが……。
著者である佐藤さとるさんが、今年の2月に永眠されたと知り、今、読み返したらどう感じるのだろうと、再びこの本を手にしてみました。
コロボックルはアイヌ語で「ふきの葉の下の人」という意味で、アイヌ伝説に出てくる5センチ前後の小人のこと。そのコロボックルに主人公であるぼくが初めて会ったのは、小学3年生のときでした。魔物がすむという噂から鬼門山と呼ばれ、誰も寄り付かなくなった美しい小山に1人で遊びに行くようになったのです。
ある日ぼくは、女の子が失くした赤い運動靴の中で、コロボックルが手を振るのを見かけます。ところが大人になるにつれ日々に忙殺され、小山にも行かなくなってしまうのです。
終戦後、美しい泉が湧く小山のことが忘れられなかったぼくは、地主さんの許可を得て小屋を建て始めます。すると小さな黒い影がサッと動くのを目にするようになり、ついにコロボックルたちが姿を現すようになります。実は彼らは、ぼくが自分たちを捕まえて見せ物にしたり、標本にしたりしない味方かどうかを長年に渡り調査していたのです。
コロボックルは、普段は穏やかで平和な人種ですが、悪い人間にはイタズラをします。例えば、蜂の毒をたっぷり塗った針で手や足を刺したり、耳の中に石を詰め込んで聞こえなくしたり、人間が起きる寸前に耳元で囁いて夢のように思わせたり。知らない間に刺し傷ができていたり、現実的な夢をよく見る私は、もしかしてあれはコロボックルのお仕置きだったのか? と笑ってしまいましたが。
その後、コロボックルに最大の危機が訪れます。山に高速道路を作るため、山が削られるというのです。ぼくとコロボックルは、なんとかその計画を阻止しようと作戦を企て、平和的な解決へと導きます。
こうして改めて読み返してみると、この本には宮崎駿さんのジブリ作品に出てくるような、自然への畏怖や人間の傲慢さみたいなものも描かれていたのだと気付きました。
しかし、この本が出版されたのは1959年。実に58年も前なのです。それでもまったく古さを感じず、内容も文章も大人になった今、読み返しても十分に楽しめる作品だったことに改めて驚きました。
子供のころは気付きませんでしたが、このお話の中には淡い初恋みたいな話も出て来ます。赤い運動靴を履いていた女の子とぼくは、大人になってから再会するのです。コロボックルも彼女を信頼して迎え入れ、この誰も知らなかった小さな国は2人が守っていくようになります。
この本はまさに、日本が誇るファンタジーの金字塔だと思います。
だからこそ、「コロボックル」シリーズが生まれ、何度も改版され読み継がれて来たのでしょう。
「死ぬ前に一度くらいはコロボックルに会ってみたい」と本気で思い始めている自分がいます。もしかしたら今も、コイツを本当に信用してもいいのか?とコロボックルは私の言動を調査中だったりして……と、妄想するだけでニタニタが止まりません。
大人になってから、子供のころに読んだ本を読み返す楽しさは、ちょっと別格です。大人が読む夏休みの課題図書には、うってつけの本だと思います。
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp