最先端の医療検査について書かれた本だが、研究室の試験官の中で起きている話と早合点してはいけない。フツーの人とは縁遠いと思われそうな話を、誰もが関心を寄せる「ふろうちょうじゅ」という話題にぐーっと引きつけて徹底紹介するところが本書の真骨頂だ。
「遺伝子解析」費用はもはや家計レベル!
まず、最先端検査の柱となる「遺伝子解析」の費用が、もはや一般家庭にも手が届くレベルと知って驚く。2000年代初頭に米国主導で完成した「ヒトゲノム計画」の予算は2000億円超。それが今や20万円ほどという。
では劇的コストダウンによって、"家庭の医学"はどう変わるのか。本書によると、「対症療法」(従来の西洋医学)から「予測医学」へ変わるという。例えばアンジェリーナ・ジョリーの「両乳房切除・卵巣摘出」のニュース。記憶に新しい「遺伝子検査」の背景を解説したうえで、著者はこういう。
──これまでの「病気になってから治す」という医療だけでなく、「これから罹るかもしれない病気を事前に治す」という新しい医療の形を示している。──
最前線の「ハイパーエイジング」治療
こうした「予測医学」を可能するのが、「次世代シーケンサー」というDNAの塩基配列を解析する最新マシン。本書第1章では、この最新マシンによる「遺伝子検査」と最先端の「遺伝子治療」を自らに施した、ある女性バイオベンチャー社長のもとを訪れ、「予測医学」の最前線をレポートする。
彼女は「遺伝子検査」の結果、染色体先端部のテロメアという構造が通常よりも短いことを知った。テロメアは細胞分裂の度に徐々に短縮し、一定の長さまで短くなると細胞は分裂を止め、人間は死を迎える。そこでテロメアを伸ばす酵素を投入して細胞分裂を活性化させる施術を受けた。不可逆だと思われていた細胞の老化を可逆にする「ハイパーエイジング」治療である。
本章ではパーキンソン病や認知症の治療にも応用可能なその仕組みが、わかりやすく解説されている。「遺伝子」関連の用語も頻出するが、「遺伝子」「DNA」「RNA」「ゲノム」「染色体」の違いさえあやふやな読者でもわかるように図解入りでレクチャーしてくれるのがありがたい。
いわば、「最新医療検査ミシュランガイド」
本書のメインは、中盤の「三つ星最先端検査ガイド」だ。新手の健康法を取り上げて「これが効く!」と説くだけの健康本は数多あるが、それらとは一線を画す。本当に自分に合うものを見極めるための、「最先端のモノサシ」=「最先端検査の基礎知識」を授けようというものだからだ。
体に良いと言われている食べ物、サプリメント、健康法は、本当に効くのか?
その問いに対して、「正解は、人による」と著者は答える。この潔さが大きな説得力を与えている。「人による」のだから、まずは「自分の体を知ること」が必要。そのために著者は「数百万円かけて、世界中の最先端医療検査を受けた」のだ。
本書で紹介する「最先端検査」はすべて日本で受けられる。医療保険適用外ゆえ、どれも高額な検査ではあるが、「これから罹るであろう病気」のコストを考えればお値打ちに違いない。
それだけでなく検査後にかかる費用も意外に「安い」ことに驚く。十数種の検査後に著者が実際に行った対策(治療)は、最前線の「遺伝子治療」(先述の若返り治療は1億円だ!)とは違い、たいしてお金がかかっていない。いくつかの検査と、その後の対策(治療)を挙げるとこんな感じだ。
・分子栄養学に基づく「栄養分析プログラム」→食物・サプリメントの採り方を変える
・遅発性の食物アレルギーを知る「IgG検査」→卵断ち
・体の酸化度を知る「酸化抗酸化検査」→国際線フライト(放射線被ばく)を控える
・腸内細菌を知る「腸内フローラ検査」→善玉菌を摂取
・遺伝子強度(テロメア)とがんリスクの評価を行う「ミアテスト」→国際線フライトを控える+高濃度ビタミンC点滴
フツーの人もすぐに実践できることばかりだ。治療らしい治療は、最後に挙げた「ミアテスト」という検査後の高濃度ビタミンC点滴(特許権が切れている古い薬で単価も安いのだという)くらい。著者はこの検査でMRIにもエコーにも映らない段階で、1年後に発現する「すい臓がん」の予兆を見つけた。そこで、国際線フライト断ちと高濃度ビタミンCの点滴を行った。3ヵ月後の再検査ではリスクレベルも大きく下がり、テロメア強度も10歳ぶん若返ったという。検査後の対策(治療)も効果も、「人による」のだ。
日本の医療業界のカラクリを解き明かす
日本の現行医療システムは、間違いなく破たんする、と言われている。自分の体を正しく知って未病で防げるのであれば、「予測医学」は医療費を軽減し、日本の医療システムを立て直してくれそうなものだ。しかし、そうならない理由について著者はこういう。
──最大の障壁は、日本の医療業界そのものだ。テクノロジーによって個々が未病の段階で防ぐことができる世界は、多くの医者が必要なくなる世界でもある。(略)そのうえ、製薬会社の存在も脅かされることになると予測される。つまり、日本人の余生は、民主化されたテクノロジーを持つ個人と、医療業界という既得権益との戦いの場になるだろう。──
未来の医療をめぐるIT技術開発者と既得権益者との攻防についてのエピソードは本書の随所に登場するが、どれも興味深いものばかり。そもそも「医療村」や「製薬業界」がビジネスとしてどのように成立するのか。そのカラクリから解き明かしてくれるので、先端のテクノロジーが壁に阻まれる事情についても「ふむふむ、なるほど」と腑に落ちる。
本書は最先端の"研究室の医学"と普通の"家庭の医学"の間を往還しながら、来るべき医療の新たなフェーズを生きるうえで物事を見誤らないための指針を示してくれている。「ふろうちょうじゅ」を超えると同時に、巷の健康本を超えるまさに「ハイパー」な1冊たる理由はそこにある。
レビュアー
出版社勤務ののち、現在フリー編集者。学生時代に古書店でアルバイトして以来、本屋めぐりがやめられない。夢は本屋のおやじさん。