『人生の終(しま)い方』というとすぐに“終活”という言葉を思い浮かびます。エンディングノートや遺言、さらに葬儀や財産分与などを事前に、残された人に伝えておくという人が増えているそうです。そのような終活の中にこの本を置いてみると、この本の特長が浮かび上がってきます。
──人それぞれに「生き方」があるように、人それぞれに「死に方」、すなわち、「人生の終い方」がある。最後の時間をどう生きるのか。最後の瞬間を誰とどこでどのようにすごすのか。「終い方」にはその人ならではの「生きざま」が色濃く反映される。そして、その「終い方」はのこされた人の「生き方」、「終い方」にも影響を与えるのではないか。──
終活がどこか区切りを付ける、迷惑をかけないためという色合いが強いのに対して、この本が注目したのは、なにかを伝える、なにかを残していく、ということの大事さではないかと思います。
読み進んでいくと「ディグニティ(尊厳)セラピー」というものが取り上げられています。ディグニティセラピーとは「終末期患者の心理社会的および実存的な苦悩に対処することを目的とした精神療法的アプローチである。人生の終末期を迎えた患者が、自分の歩んできた道を振り返り、大切にしてきたこと、達成できたこと、家族に憶えておいてほしいことなどを語る」(「日本緩和医療学会ニューズレター Nov 2008 41」より)というものです。
具体的には9つの質問を使って人生を振り返り、その内容を聞き取った医療従事者が後日、家族など本人にとって大事な人にあてた手紙のかたちにまとめて、本人に手渡すというものです。これは遺言ではありません。“ラストレター”です。
1.あなたの人生の中で、一番思い出として残っている出来事、あるいはあなたが最も重要だと考えていることはなんですか? あなたが人生で一番生き生きしていたのはいつのことですか?
2.あなたが大切な人に知っておいてもらいたいことや憶えていてほしい、何か特別なことがありますか?
3.あなたが人生で果たしてきた役割(家族内での役割、職業上の役割、地域社会での役割など)のうち、最も重要なものは何ですか? なぜそれはあなたにとって重要なのですか? そして、それらの役割においてあなたが成し遂げたことは何ですか?
4.あなたが成し遂げたことの中でもっとも重要なことは何ですか? 一番誇らしく思ったことは何ですか?
5.大切な人達に言っておく必要があると思いながらもまだ言えてなかったこと、あるいは、できればもう一度言っておきたいことがありますか?
6.大切な人達に向けてのあなたの希望や夢は何ですか?
7.あなたが人生から学んだことの中で、他の人達に伝えておきたいことは何ですか?(息子、娘、夫、妻、両親、その他の人達)に残しておきたいアドバイスあるいは導きの言葉は何でしたか?
8.大切な人の将来に向けて役に立つような、伝えておきたい言葉、あるいは教訓めいたものはありますか?
9.この半永久的な記録を作るに際して、他に追加しておきたいことがありますか?
この本では定年直後にがんを発症した桑原さんというかたのセラピーが取り上げられています。家族に最後の手紙を渡すまでの桑原さんの気持ち、手紙を受けとった家族の心の内、静かな筆致が読むものの胸にしみてきます。
残されたものに何かを伝えておく……幸せだった記憶、感謝の気持ち、時にいたわり……さまざまな思いが最後の手紙には込められています。
35歳の若さで「人生の終い方」に向き合わざるを得なくなった小熊さんのこんな言葉が記されています。
──自分が自暴自棄になるというか、何のために誕生したのかもわからない。誰が悪いじゃなく、俺が悪い。生きていても死んでも迷惑をかけてしまう。どうしたらいいのか。──
この葛藤の末につかんだ言葉は……「子どもたちに教えたいことは、立ち向かうこと、あきらめないこと」というものでした。
──もう自分は、これまでのように、子どもたちのそばにいて一緒に生きていくことができない。まだ幼い子どもたちがこれから成長し、さまざまな壁にぶつかることも少なくないはず。しかし、そのとき自分はもういない。何か解決策を示したり、励ましたりすることはできない。だからこそ、どんなときも「立ち向かい」「あきらめない」で生きていくことの大切さを伝えたいと考えたのだ。──
「人生の終い方」には自分が「伝えたいこと」に直面するときです。「終活」にはピリオドというイメージがありますが、この「終い方」は少し違うのではないかと思います。
「人生の終い方」を知り、考えることは最後の「生き方」を考えることのように思えます。
この本のもととなったTVドキュメントで進行役となった桂歌丸師は「人生の終い方」をこう考えているそうです
──「終い方」なんて偉そうなことは考えちゃあいませんよ。ただ私は落語をやるだけ。強いて言えば死ぬまで落語をやることが私の「終い方」ですかね。──
この強い落語への意思には盟友だった故・三遊亭圓楽師匠(5代目)からの一言がありました。亡くなる直前の圓楽さんから「歌さん、頼むよ」という電話があったといいます。一門、TV番組、もちろん落語のこれからなど、万感の思いを託した圓楽さんの一言でした。圓楽さんの『終い方』、それを引き受けた歌丸さん。その上での歌丸さんの『終い方』ではないかと思います。
さらにまた、死が残されたものの問題になることを教えてくれるのが、水木しげるさんの『終い方』です。過酷な戦争・戦場体験を経た水木さんが何よりも大切にしたものは「家族との穏やかな時間」でした。それを永遠にとどめようと写真を撮り続けました。写真に写された笑顔、それがどれほど大事なのかは、戦争をくぐり抜けた水木さんには痛いほどわかっていたのです。水木さんの『終い方』は笑顔を残すことでした。
終活というブームで最期を考えるのではなく、生きるということの中で『終い方』を考えなければならない、そんなことを思わせる感動的な1冊です。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
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