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2017.09.02

レビュー

アノマリー(異常)なミステリって? コロンボや古畑的な、井上真偽の最高傑作

井上真偽の小説はアノマリー!?

「アノマリー、という金融用語を知っているか?」
「いいえ」
「英語で『異常』という意味だが、学術的には特に、『従来の理論では説明がつかない奇妙な現象』のことを指す。株式市場で言えば、月曜日の株価は高いとか、米国株は十月に安値をつけるとかだな。まあいわば、理屈の通じない経験則ってとこだが──」

この会話文は『探偵が早すぎる』の下巻、164ページからの抜粋です。僕はここでおもわず膝を打ちました。アノマリーとはつまり、本書の著者である井上真偽(いのうえ・まぎ)さんの小説のことじゃないか、と。井上真偽さんという人は、誤解を恐れずに言えば、アノマリーな本格ミステリばかり発表している小説家だからです。

名探偵が解決したはずの事件の正否を、天才アラサー美女が数理論理学を用いて証明するデビュー作『恋と禁忌の述語論理(プレディケット)』。第2作目の『その可能性はすでに考えた』では、「奇蹟」を信じる探偵が、その奇蹟の存在を証明するために、すべてのトリックが不成立であることを立証しようとします。好評を博した『その可能性はすでに考えた』は続編も出版されました(『聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた』)。この続編も、次々と提示される推理とその否定の応酬が、やはりアノマリー(従来の理論では説明がつかない奇妙な現象)とでも表現すべき魅力の本格ミステリでした。

もっとも、アノマリー(異常、理屈が通じない)とはいっても、井上さんの小説は、どの作品においても徹底的にロジカルです。それは著者のファンなら既知の事実でしょう。その徹底ぶりがかえってアノマリーな印象を与え、著者独特の個性として機能している。それがいわば、井上真偽作品です。


『探偵が早すぎる』は、倒叙ミステリの快作

『探偵が早すぎる』も、もちろんアノマリーな作品です。本書は、犯人や犯行内容があらかじめ読者にも提示される倒叙ミステリです(倒叙と聞いてピンとこない人は、『刑事コロンボ』や『古畑任三郎』を思い浮かべてください)。

その本書の内容をなるべく簡単に説明すると、父親から莫大な遺産を相続した女子高生の一華(いちか)が、折り合いの悪い遺産目当ての親族から命を狙われる、というもの。親族たちは完全犯罪をもくろみ、あらゆるトリックで一華を殺そうとします。しかし、入念に考案されたトリックの数々は、ことごとく不発に終わってしまう。なぜならば、殺人計画が完遂されるよりも先に、探偵がそれらトリックを見抜いて阻止してしまうから。

本書は上下巻にわたって、トリックを仕掛けた側とそれを事前に見抜いた探偵との対決の連続で構成されています。一本調子といえば一本調子かもしれません。しかし、繰り返されるその展開のリズムが心地いい。探偵がいかにしてトリックを見抜き、それを未然に防いだかを語る場面は、およそ勧善懲悪物のノリで、毎度、痛快です。このあたりの演出は、水戸黄門のような時代劇に近いものがあり、このノリにハマる人はひたすらハマるでしょう。

僕自身、かなりハマってしまいました。それもあってか(もしかしたら僕個人の思い込みにすぎないかもしれませんが)、『探偵が早すぎる』は現時点で著者の最高傑作だと確信しています。ぶっとんだキャラクター設定、随所にボケとツッコミがあるコミカルな雰囲気、現実離れした大胆なトリックと緻密な論理(推理)は、本書に限らず井上真偽作品に共通するファクターですが、探偵がトリックを見破るたびに読者にも与えられる爽快感や、奇抜でありながらも受け入れやすい本書の設定は、著者のこれまでの作品の中でも群を抜いています。要するに、井上真偽作品の中で、最も入り口が広いのが本書です。

だからこそ、著者のデビュー作以来のファンである僕は、こんなふうにも期待します。本書をきっかけに、井上真偽というおよそ比較対象の存在しない異次元の小説家を、より多くの人たちに知ってもらいたいな、と。その面白さに気づいてくれる読者が増えてほしいな、と。

そうした期待と同時に、井上さんが、次はどんな小説を書き上げるのか、いまからとても楽しみです。井上さんに次作の執筆の予定があるのかどうかすら僕は知りませんが、おそらくは読者の想像を絶するような小説になるでしょう。経験則で、そこまでは簡単に想像できます。それとわかっていて、僕たちはきっとまた驚かされるのです。

レビュアー

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赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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