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2017.06.17

レビュー

「誰も仲良くしないでください」と挨拶した転校生は、重大な秘密を9つも抱えていた。

清水晴木(しみず・はるき)さんの青春小説です。

三橋由宇(みはし・ゆう)は引っ込み思案な性格の高校2年生。自分よりも他人が何を考えているのかを気にする内気な少女です。その性格のせいで悩み事も多い。

たとえばクラスメイトで友人の薫(かおる)との関係は、あからさまな一方通行。可愛くて活発な性格でクラスの中心人物でもある薫と、自己主張が苦手で内向的な性格の由宇との間には明確なヒエラルキーが存在しマウンティングされている。もちろん薫が上で、由宇が下。薫にとって由宇はイエスマン的な都合のよい存在である一方、いちいち慰めたり、ヨイショしたりと何かと忖度を強いられる由宇はしんどい思いをしています。

そうした学校内での友人関係だけでなく、由宇は家庭内にものっぴきならない問題を抱えている。両親が離婚寸前で父と母のどちらについていくのか、今後の人生を左右する重大かつ残酷な決断を迫られている。どちらか一方を選べば、もう一方が心配で負い目も感じるから簡単には決められない。重責と二律背反。そのふたつに押しつぶされそうになっている由宇は、自分が決断することによって彼女自身がどうなるのかではなく、周りがどう考えてその結果どのように変化するのか、そんなことばかりを執拗に気にして疲労困憊です。

しかし程度の差こそあれ、誰しもが由宇のような生き方や選択を強いられる時期であったり局面があるのではないでしょうか。周りの視線や意見を、よく言えば尊重する。悪く言えば無批判に受け入れてしまう。唯々諾々と受動的に生きる。それでたいていのトラブルが回避できてしまうのも事実でしょう。表面的には決して人と衝突しないからです。だからそれは状況次第では最善の処世術なのかもしれない。でも、そんなふうに自分を殺し続けるのを常としていたら、息が詰まって毎日がどんどん辛くなる。由宇自身、それとわかっていて変われないから余計に辛いのかもしれません。

そんな彼女の前に現れたのが転校生の緋紗子(ひさこ)さんでした。容姿端麗で、ピアノが上手。見た目だけならお嬢様の風情ですが、転校初日の初っ端から「佐治緋紗子です、私と誰も仲良くしないでください。宜しくお願いします」と電撃的な挨拶をかましたことで、瞬く間に注目の的になります。

周囲の視線も孤独も恐れず、はっきりと物申す緋紗子さん。消極が制服を着て女子高生をしているような由宇とはまるきり正反対です。だからこそ由宇は緋紗子さんに惹かれた。ほどなく、由宇は緋紗子さんへの憧れをはっきりと自覚します。本書は、由宇という凡庸な女子高生のビルドゥングスロマン(成長物語)だと思うのですが、その端緒が緋紗子さんとの出会いであり憧憬でした。

文化祭の準備期間中に、由宇は図らずもその緋紗子さんの体の秘密を知ってしまう。彼女の体の秘密は本書の読みどころのひとつなのでこのレビューでは伏せますが、それにしても緋紗子さんには秘密が多い。たとえば「中学から数えて七回も転校している」、これが緋紗子さんの秘密その1。秘密は全部で9つあります。

それら秘密の共有をきっかけにふたりの女子高生の距離が縮まってゆくと、由宇の胸の内も自ずと変化してゆきます。終盤に大胆な心境の変革を遂げるまでの過程には、由宇と彼女の人間関係はどうなってしまうのだろうかといった、読者の心をざわつかせる独特の緊張感がある。だからこそ、不安定で曖昧模糊としていた由宇の心が大きく変化したとき、僕は痛快なすがすがしさすら感じました。この年頃の高校生の苦悩を鋭く繊細に描いてみせた著者・清水さんの手際は、まったくもって見事です。

変わったのは由宇だけではありません。9つの秘密を持つ謎めいた女子高生・緋紗子さんも由宇と出会ったことで予想だにしていなかった変化を遂げます。本書は緋紗子さんの成長物語でもあるのでしょう。由宇の淡い恋も描かれています。甘酸っぱさと苦味とそれに負けないくらいの優しさが詰まった素敵な小説です。

レビュアー

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赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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