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2016.09.17

レビュー

瀬戸内の小島、わずか4人の同級生が旅立つ時──辻村深月の新・代表作

瀬戸内海の島、冴島(さえじま)。人口3000人弱の小さな島です。池上朱里(いけがみ・あかり)、榧野衣花(かやの・きぬか)、青柳源樹(あおやなぎ・げんき)、矢野新(やの・あらた)の幼馴染み4人は、フェリーで本土の高校に通っています。

『島はぼくらと』は、この同級生4人が中心の群像劇。田舎、若い男女、島、海──とくれば、僕は自然と夏をイメージします。青空に白い雲が映える爽やかな夏。朱里たちの物語も、夏が舞台です。王道青春小説の甘酸っぱさや苦味を含ませながら、読み終えたときの印象は、抜けるような青空のように、からっと爽やかです。

ただし、あくまでもそれは、夏の一側面。現実の日本の夏は、湿気が肌にまとわりつく、じめじめと蒸し暑いもの。体感では、爽やかとは程遠い。

冴島を舞台にした物語も、ずっと爽やかというわけにはいきません。過疎化の村なので、Iターンの受け入れには熱心です。その反面、島の住民たちと上手く付き合えなかったり、本土と離れた島だからこそ行動に制約も受ける。傍から見れば幼稚なことで大揉めします。島のしきたりに好意的な者もいれば、因習に人生を縛られて苦悩もします。

爽やかな夏。楽しい夏。しかし受け入れがたい量の湿度が、ときどき人を不快にする。心と体を重くします。愚直なまでに「夏」を写し取ったような作品だなあ──読んでいて、何度もそう思わされました。
 
むろんそれは、著者・辻村深月さんの技量の素晴らしさの傍証でもあります。人によっては、たいへん窮屈に感じる状況下、そこで生きる人々の率直な感情や機微を、過不足なく見事に描ききっています。そして、そこまで描けるからこそ、田舎の村にありがちなマイナス面に絡め取られることなく、『島はぼくらと』は、甘酸っぱくて爽やかな青春群像劇として完成したのではないでしょうか。

島に上手に溶け込んでいるIターンの人たちもたくさんいます。その人たちがまた重要な役割を演じ、物語がどんどん彩られてゆく。冴島がどんな島で、どこにどんな施設があって、あの人は実はこんな人。そういうことが少しずつわかっていく。まるでロールプレイングゲームのようです。僕はそこがとくに楽しかった。著名なミステリ作家を多数輩出してきたメフィスト賞でデビューした辻村さんだけあって、謎の設定の仕方、その出し方も抜群にお上手。

その辻村さん、実は『ドラえもん』がお好きだそうです。たぶん、著者のファンには周知のことでしょう。ライターの瀧井朝世さんによる『島はぼくらと』文庫版の解説にも(この解説がまた読み応えがあって素晴らしい)、こんなことが書かれています。

──タイトルについて。小学校卒業時に朱里たち四人が書いた標語「海はぼくらと」(最後に「島はぼくらと」という言葉自体も登場する)から採られているのはすぐ分かるが、では「海はぼくらと」とは何かというと、『ドラえもん』の映画『のび太の海底鬼岩城』のエンディングテーマの題名なんだそうだ(作詞は武田鉄矢氏)。 辻村さんといえば大のドラえもんファンで有名だが、こんなところにもさりげなくドラえもん愛が込められていたのかとニヤリ──

僕も、ニヤリ。実は自分も『ドラえもん』が大好きでして、中でも『海底鬼岩城』は溺愛しています(大傑作だ!)。これまで何十回号泣させられたことか。

辻村さんのストーリーテリングの巧みさは、まるで劇場版『ドラえもん』のようです。『島とぼくらと』で社会問題を描きつつも、健やかに、爽やかに、作品を描き終えるところなどはとくに。
そして『ドラえもん』がそうであるように、人の心にしっかりと響いて、最後には優しい気持ちにさせてくれる作品です。

夏はもう終わってしまいました。あんなに暑くて、じめじめと湿っていて不快だったのに、月が8月から9月に変わっただけで、不思議と寂しく感じるのはなぜなんでしょうね? 
 
そうした名残惜しさは、素敵な物語にも伴うものです。

『島とぼくらと』を読み終えて本を閉じました。ついでに、ちょっと瞼も閉じてみる。快晴の青空が頭の中いっぱいに広がります。爽やかな夏の空。不快になるほどの湿度は感じません。からっと晴れ渡った空には、このお話はこれで終わってしまうんだなあ、という名残惜しさが確かに漂っていました。白い雲の代わりに、ゆるゆると、漂っています。

『島はぼくらと』特設ページはこちら

レビュアー

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赤星秀一

赤星秀一(あかほし・しゅういち)。1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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