物語が最終盤になり、探偵役が犯人の正体を指摘する──オーソドックスな推理小説というのは、原則、そのような流れで展開していくものをいう。一方で、「倒叙ミステリ」とは、そうした物語の流れをまったく逆にしたものをいう。具体的には、いの一番に(読者に)犯人の正体が明かされ、犯行に至るまでの過程、犯行に及んでいるさなかの様子が綿密に描写されるのだが、完全犯罪とは言いがたく、必ずどこかで致命的なほころびが出て、やがて探偵役に追い詰められていくという、テレビドラマでいえば『刑事コロンボ』などがそのジャンルの代表格だろう。
今回紹介する『倒叙の四季 破られたトリック』は、4人の犯人たちが完全犯罪を企図する倒叙ミステリの短編集である。収録作品は、以下の4つ。
「春は縊殺(いさつ) やうやう白くなりゆく顔いろ」
「夏は溺殺 月の頃はさらなり」
「秋は刺殺 夕日のさして血の端(は)いと近うなりたるに」
「冬は氷密室で中毒殺 雪の降りたるは言ふべきにもあらず」
本作の大きな特徴は、各短編のタイトルが犯行時期と殺害方法を端的に表していることと、犯人と探偵役との知的ゲームに読者を集中させる構成になっているところだろうか。個人的に本作は、パズラーとしてもよくできていると思っている。
パズラーと聞くと、僕などは徹底した理詰めの推理が売りのミステリ(エラリー・クイーン初期作品など)を連想するのだが、本作においては各短編とも犯人は真っ先に判明するので、パズラーとしての面白味は犯人の正体ではなく、犯人が用いたトリックのどこに欠陥や手抜かり、思いもよらぬ見落としがあったのか、それを論理的に推理するところにある。そうした部分が『倒叙の四季』の一番の読みどころだった。個人的な感想としては、4つの短編のうち最後の「冬は氷密室で中毒殺」がとくに秀逸だ。そこからラストに至るまでの展開が本書のクライマックスだろう。
加えて、科学知識や犯罪科学捜査における蘊蓄も豊富なのが本作であり、そのあたりの描写を読んでいるだけでもミステリファンとしては楽しい。個人的に勘違いしていた知識などもあり、「え、そうだったのか」とずいぶん勉強にもなった。
探偵役に追い詰められた犯人の中にも、そんなことを思わされた人物がいたわけだが、僕と違って彼らの場合は激しい後悔を伴う。犯人たちと対決する海埜(うんの)刑事がさらっと説教をかますのも爽快だ。
ちなみに犯人たちには、それぞれなんの繋がりもない。生まれも殺しの動機もばらばらで、犯行は完全に独立している。ただし、実はひとつだけ共通点があるのだ。
〈完全犯罪完全指南〉。犯人たちがこの有料の裏ファイルを入手して犯行に及んでいる点である。
〈完全犯罪完全指南〉はウェブ上のどこかに不定期に出現する。しかし、その数時間後にはページごと消えてしまう。ファイル購入時の決済はウェブマネーのみで、ウェブマネーの受取人の正体はわからない。苦労してファイルを手に入れたとしても、一定時間が経過すると自動で破壊されて復元ソフトでも元に戻せないという代物だ。噂によると、裏ファイルの著者は、独自捜査・違法捜査が過ぎて懲戒免職を食らった元警視庁の敏腕刑事らしいが……。
察しのよい方は、この裏ファイルの存在によって、本作が単なる倒叙ミステリの短編集ではなく、重要な共通点で繋がる連作短編だと早々に気づくだろう。作者がなぜ連作短編という構成を採用したのかは、もちろん読めばわかる。僕は物語の最終盤になって、にやにやしながら膝を打っていた。
また、作者の深水黎一郎さんの文章はとても読みやすいので、本作は倒叙ものはもとより、推理小説を初めて手に取ろうかと考えているような方にも、是非、お薦めしたい1冊である。
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。