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2016.04.09

レビュー

【本格ミステリ・1位獲得】四重交換殺人の迷宮に酔う傑作

『キングを探せ』は、著者と同名の名探偵・法月綸太郎と、その父・法月警視が活躍するシリーズ物の第8長編。

『2013本格ミステリ・ベスト10』(原書房)で見事1位に、『ミステリが読みたい! 2013年版』(ハヤカワミステリマガジン)で2位にランクインした本作の導入部は、繁華街のカラオケボックス。インフルエンザの流行に便乗し、全員がマスクをした状態で個室に集まった四人の男たちの名前は、夢の島、イクル君、カネゴン、りさぴょん──これらはもちろんニックネームで、彼らにはそれぞれ殺したい人物がいました。彼らは「交換殺人」の団結式のために集まり、完全犯罪を計画しているのです。

あまりミステリ慣れしていない読者のために、簡単に交換殺人の説明をしておくと、交換殺人とは字義通り「Aが殺したい人物をBに殺してもらい、その代わりにBが殺したい人物をAが殺す」といった等価交換的な殺人のことです。その場合、えてしてAとBにはターゲットに殺意を抱くだけの強烈な動機が存在し、そのことが周知であるため、ターゲットとはまったく無関係の人物に殺人を依頼する。犯行時刻には鉄壁のアリバイを用意し、容疑者から外されるよう企図する、といったものです。こんな具合に、動機はあるものの完璧なアリバイによって警察にシロと断定してもらうことが交換殺人の利点ですが、ひとたびAとBの関係性に気づかれたら、いかに緻密な殺人計画であれ、おじゃんです。

それなら、AとBとCの3人で、交換殺人を実行したらどうなるのか? 加害者と被害者がそれぞれが1名ずつ加わることで、当然、真相に至るプロセスは複雑さを増します。一見、無関係と思える事件の全貌を解き明かすことは、困難を極めるでしょう。ましてやそれが、AとBとCとDの四重交換殺人ともなれば……。

夢の島、イクル君、カネゴン、りさぴょん──とニックネームで呼び合っているとはいえ、犯人たちをしょっぱなから登場させるという倒叙ミステリの手法を、著者が本作で用いた理由は、推測するに、四重の交換殺人は、犯人もトリックもすべて伏せた状態でオーソドックスに描こうとすると、説明が煩雑を極めてしまうからではないでしょうか。日本を代表する本格ミステリ作家である著者の力量をもってすれば、それでも傑作に仕上がったに相違ないとは思うものの、複雑を極めるがゆえにそのクオリティについていけない読者も少なからず出たはずです。
 
従って、犯人たちを早々に登場させたことは、大衆娯楽的には大正解だった。加えて、倒叙ミステリであるからこそ(本作は犯人たちの視点と、法月父子の視点の両軸で進んでいくのですが)、犯人視点のパートを採用することによって犯行シーンに臨場感が、殺人の動機をしっかり描くことで、四重交換殺人という突飛な設定にリアリティが出る。端的に言って本作は(著者は)技術的に相当上手いのです。扱い方を間違えればドツボにハマるであろうテーマを過不足なく、さらっとスマートに描いてしまっているから、凄い。

ところで、その著者・法月綸太郎さんが、2004年12月発行の『エラリー・クイーン Perfect Guide』(ぶんか社)内の、「クイーンに魅せられて」という著名作家たちへのアンケート企画で、とても興味深いことを述べているので、一部抜粋したいと思います。
 
以下、「Q4 クイーンについて、以下のテーマでエッセイを書いてください」より抜粋(法月さんはクイーンの国名シリーズ第2弾『フランス白粉の謎』について述べています)。

「(前略)小さな物証の山から一歩ずつ推論を積み重ねて、じりじりと犯人の属性と犯行のディテールを絞り込んでいくプロセスは、それまでぼくがまだ一度も体験したことのないものだった。(中略)しかしあえて極論すれば、この作品の場合、犯人の意外性というのは、オマケのようなものでしかないと思う。五十ページに及ぶ解決編を引っ張るロジックの強度と、サスペンスの持続こそが眼目なのだから(後略)」

これはまさしく、『キングを探せ』にも言えることでしょう。『フランス白粉の謎』と『キングを探せ』は、ストーリーも構成も大きく異なる小説ですが、両作品ともに読者の興味が推理のロジックに支えられている、という共通点は同じ。終盤の〝正しい推理〟はもちろん、途中に出てくる推理(ときには大きく誤っている推理)でさえも、説得力を伴わせる論理の魔術によって、面白く読ませてしまう。

四重交換殺人という迷宮のように入り組んだカラクリのディテールがつまびらかにされれてゆく本作『キングを探せ』は、まさしく「謎とその論理的解明」を謳う本格ミステリの傑作です。本格ファンはもちろん、推理小説を読み始めたばかりの人たちにもお薦めの1冊。是非、華麗にロジックを操る著者の技量に酔いしれてください。

レビュアー

赤星秀一 イメージ
赤星秀一

小説家志望。1983年夏生まれ。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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