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2016.03.05

レビュー

東野圭吾自ら「これは隠れた自信作です」と明かす傑作

野球に興味のない人でも、巨人や阪神といった球団名は知っているでしょう。サッカーに関心を持ってない人でも、本田圭佑や香川真司の名前くらいは聞いたことがあるはずです。小説の世界で、そうした地位にいるのが、東野圭吾さんではないでしょうか。

東野さんは1985年に『放課後』で江戸川乱歩賞を受賞して、華々しくデビューを飾ってから約30年間、珠玉のエンターテインメント小説を間断なく世に送り出してきました。それだけでも非凡なことです。しかしその継続性ゆえに(生み出され続けた作品の多さが)、ともすれば読者にとっては〝迷い〟にもなります。さて、どの作品から手をつけたものか、と。 

かく言う僕も、東野作品を何作か読んだあとに、次はどれにしようか決めかねたことがあり、そのときに参考にしたのが講談社文庫の『東野圭吾公式ガイド』でした。この本は2012年2月発売。読者1万人による人気ランキングが収録され、東野さん本人による自作解説コメントも載っています。それら解説コメントの中で、とくに僕のアンテナに引っ掛かったのが、今回紹介させていただく『むかし僕が死んだ家』でした。

「これは隠れた自信作です」

自作解説コメントの出だしがこれなのですから、磁場に吸い寄せられるように惹(ひ)きつけられて当然でした。それでさっそく『東野圭吾公式ガイド』に載っているあらすじを確認。要約すると、こんな感じです。

〈私のもとに、7年前に別れた恋人・倉橋沙也加から電話がかかってくる。彼女には幼い頃の記憶が全然ない。「あなたにしか頼めない」と言われ、私は沙也加の記憶を取り戻すために、彼女と一緒に長野県にある「幻の家」を訪ねることに。しかし、そこで待ち受けていたのは、恐るべき真実だった……〉

よし、買おうと決めました。こりゃ面白そうだと思い、即決。

実際に読み始めると、ページをたぐる手が止まらない。いったいこの先どうなるのか、山の中にひっそりと立つ異国調の家で過去に何が起こったのか、沙也加にとってどんな過去が出てくるのか……。この作品の凄いところは、そうした読者をストーリーに引き込む展開と、終盤になるにつれわかってくる全編にちりばめられた伏線の妙、そして文庫の解説で小説家の黒川博行さんも書かれていますが、

──とりわけ、わたしが感心したのは、この作品が〝一幕劇〟ということだった。舞台の大半は〝灰色の家〟、登場人物は私と沙也加のふたりだけ。こんなきつい制約の中でドラマを広げ、サスペンスを盛り上げて読者を引っ張るのは並大抵の芸ではない──(本書解説より)

これです。

黒川さんのこの解説の通り、物語の大半がひとつの家の中だけで進行してゆく。そして、その不気味な家が隠し持つ過去が徐々に暴かれてゆく。霊的な超常現象や超人的な化け物などは一切出てこないのですが、何かこう、そういったものとはまた異なる心理ホラー的な要素が、この作品の骨格であり、核でもあり、最大のリーダビリティーにもなっている。少しずつ明かされてゆく真実と、そのたびに突きつけられる新しい謎。読者としてはもちろんその謎の正体を知りたい、早く先を読みたい、でも知ってしまうのが怖い。そんな肌が粟立つような感覚が、読んでいて、とくに〝家〟に辿り着いてからは絶え間なく伴うのです。

読了後、〝家〟に封じ込められていた沙也加の過去をすべて知ってしまった僕は、どこか放心したような気分になってしまいました。読後感は、はっきり言ってよくなかった。臓腑が鉛になったみたいに重くなった。でも、そんな読後感の悪さを差し引いても、『むかし僕が死んだ家』は、ミステリとしてとても面白かった。ページ数がそう多くはないので、一気読みにも向いている作品です。

「これは隠れた自信作です」

おっしゃる通りでした。著者のその言葉に間違いなし。

レビュアー

赤星秀一 イメージ
赤星秀一

小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。

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