正しさだけが推理の醍醐味じゃない。
もっともらしい嘘と外連(けれん)味の妙が知的に爽快。
そうした推理の面白さ、多重解決の技巧が詰まった『虚構推理』の主人公・岩永琴子(ことこ)は、小柄な良家のお嬢様。年の割に老成した物言いで、なぜか下ネタが多い岩永は、雨の音を聞きながら、外でうとうと眠るのが好きな少女です。
しかし、昔そうしているときに「妖怪変化」にさらわれてしまった。以来、岩永は請われるまま、妖怪達の「神様」に。彼女の言葉を借りるなら、「妖怪、あやかし、幽霊、魔、そう呼ばれるもの達の知恵の神。そのもの達のトラブルを仲裁、解決する巫女とでも思ってください」 だそうです。
その知恵の神たる岩永は、〝善良〟な幽霊だの化け物だのに、都市伝説の怪人──鋼人七瀬(こうじんななせ)の退治を頼まれて、真倉坂市を訪れます。
頭に大きなリボンをつけ、フリルの目立つ赤と黒のミニスカートのドレスを着、胸が大きくて、しかし「肉を潰してならしたように」顔がない鋼人七瀬。顔がない理由は、鋼人の正体が、真倉坂市で謎の死を遂げたアイドル七瀬かりんの亡霊で、彼女は鉄骨の下敷きになり、顔面を潰されて死んでいたから、ということらしい。巨大な鉄骨を片手で軽々と振り回す鋼人は、岩永が言うには、人の想像力によって生み出された怪物──常にその存在を望まれる限り、鋼人七瀬は不死身だそうです。
そんな怪物を、いったいどうやって倒すのだろうか?
岩永は、人の想像力──虚構によって誕生した怪物には、同じく虚構をもって応じようとします。ネタばらしになるので詳しくは言えませんが、それが〝知恵の神〟の出した答えであり、本作を一級の本格ミステリたらしめた理由です(第12回本格ミステリ大賞受賞作品)。
岩永の鋼人対策について、少しだけヒントを出すと、作中の終盤に出てくる次の台詞が、ちょうどいいでしょう。
「これはひどい嘘だ。なのに、よくここまで組み上げたっ」
加えてこの台詞は、なかなか含蓄のある言葉だなと思いました。
というのも、そもそも本格ミステリというジャンルに限らず、大衆娯楽作品とは概して「ひどい嘘」を物語にしたものであり、面白くなるかどうかの分水界は、個々人の趣味の問題を別にして、むろん〝万物の創造主〟たる作家の力量次第。寄せ集めた嘘をいかに「上手く組み上げる」ことができるか、そこが重要なポイントで、面白いエンタメ作品に通底する概念でもあるのです。
上の台詞は、そういう意味では、とてもメタ的だなと受け取りました。作中に出てくるメタ的な言葉といえば、「想像力の怪物」もそうでしょう。
想像力の怪物とは、鋼人七瀬のこと。想像力の怪物とは、その鋼人と対決した岩永や、彼女の大学の先輩で、あやかし達さえ恐怖する桜川九郎、その九郎の〝元カノ〟で警察官の弓原紗季など、魅力的な登場人物を創造した著者の城平京氏のこと。
想像力の怪物とは、その城平氏の傑作『虚構推理』のことなのだから。
『虚構推理』は本格ミステリの魅力と、同ジャンルの未来を詰め込んだような作品です。こんなふうにして、本格ミステリは生きることもできるのだ。終盤、岩永の繰り出す虚構に心地よく酩酊させられながら、僕は心底そう思った。
レビュアー
小説家志望。1983年夏生まれ。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。