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2016.04.02

レビュー

【幻想ミステリ最新作】幽霊専門の探偵社、中学生エースを雇う?

『幻想探偵社』は、幻想シリーズの第4弾。まずは、あらすじを紹介しよう。

本作の主人公で、白妙東(しろたえひがし)中学2年生の中井海彦は、野球部のエース。しかし、部活は2年生まで、と父親から厳命されてしまう。海彦の父にとって野球は「内申書にうまいことを書いてもらうため」の道具でしかなく、中井家では、父の示す方針に従うのがルールなのだ。
 
そんな父に海彦は腹を立てるが、結局は唯々諾々と屈服してしまうのだった。彼の日常はここから普通ではなくなっていく。

学校の帰り道、クラスメイトの楠本ユカリの生徒手帳を拾った海彦は、彼女を追って雑居ビルの最上階へ。そこには「たそがれ探偵社」という、幽霊専門の探偵事務所が入っていた。探偵社の責任者は、ラーメン大好き小池さんに似ているオネエ言葉の中年男、青木。彼のことは、幻想シリーズ読者ならよくご存知だろう。
 
海彦とユカリは、その青木に言いくるめられて、テレビでしか見たことがないようなヤンキーの大島ちゃん(幽霊・男)を成仏させるために、記憶を失っている彼の過去を調べることに。

本作は、大島ちゃんの死を巡る謎から始まり、幻想シリーズらしく別個のエピソードが複雑に絡み合って、最後には秀逸な長編ミステリとして完結している。と同時に、海彦とユカリの恋愛物でもあり、幽霊が出てくるホラー(ファンタジー)でもあるといった、ジャンルが多岐にわたる点も、幻想シリーズらしい。

ところで、僕からしてみれば、海彦はちょっと物わかりがよすぎると思う。野球は2年生まで、という父親の方針に、不承不承ながらも従ってしまうなんて、端的に言って情けない(たぶん僕なら大喧嘩になってでも、自分の意志に従う)。
 
でも、そんなふうに思い悩んで、人生につまづいているところが、いかにも幻想シリーズの主人公だな、とも思う。このシリーズの主人公たちは、必ず何かにつまづいているからだ。就職が上手くいかない(『幻想郵便局』)、自己紹介で失敗して学校で無視されている(『幻想映画館』)、医学部受験に三度も失敗した(『幻想日記店』)といったふうに。

どうしてまたそんな主人公たちばかりなのかは、著者の堀川アサコさんに訊(き)かなければわからないけれど、作劇としては、このような主人公の設定が大いに貢献しているのではないか。というのも、ミステリ、ホラー、ファンタジーなど、複数のジャンルを内包している幻想シリーズのような長編小説は、一歩間違えば、雑然としたとりとめのない話になりがちだからだ。読者にそう思われないためには、作品を支える“軸”が不可欠になる。

 
では、幻想シリーズにおけるその軸が何かというと、主人公やその周辺人物の「成長物語」だろう。

うまくいかない現実があるからこそ、それを乗り越えようとする状況(心境の変化)が発生する。実際に乗り越えることが可能かどうかは別にして、困難に立ち向かうと決意した時点で、悶々と悩んで、辛いことから逃げていたときと比べると、確実に成長できている。幻想シリーズはその部分がしっかりしているからこそ、いろんな要素を詰め込んでも読みづらくはならないし、最終的には綺麗(きれい)にまとまり、癒(い)やしを伴うのだろう。

そう考えてみれば、中学生が主人公をつとめる本作は、幻想シリーズのキーワードである「成長」が最もわかりやすく表に出ている一作かもしれない。
 
海彦やユカリだけではない。大島ちゃんは幽霊なのになぜか年を重ねているし、その大島ちゃんの同級生たちは、彼が死んでいる間に当然「成長」していて、肉体的なものとは別の、なんらかの変化を伴っている。ある人物のその変化が、大島ちゃんの死の謎を解き明かすヒントにもなっているので、要注意だ。反対に、「成長」することを拒んでいる人物もいて、それはそれでやはり大島ちゃんの死の謎に関係しているから、注目してみてるといい。

そんな『幻想探偵社』が、いまのところ幻想シリーズの最新作。新作が出るたびに、シリーズの読者には嬉しいサプライズがあるだけに、いつ第5弾が刊行されるのか、いまから楽しみでしかたない。著者の堀川さんにプレッシャーはかけたくないが、野球を禁止された海彦のように、新作を待ちわびる大勢の読者が、日々、悶々(もんもん)としているに違いない。

レビュアー

赤星秀一 イメージ
赤星秀一

小説家志望。1983年夏生まれ。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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