粗野で下品で豪快、細かなことにはこだわらず、本能に従って生きる荒くれ者たち。黒々と日焼けしてぱりぱりに乾いた肌に、べったりと潮風の臭いを染み込ませて、さらにその潮気が何日も風呂に入っていない体臭と混ざり合っている髭面や、眼帯の男たち。黒ずんだマストの下で波に揺られ、気ままに各地に赴いては略奪と享楽の限りを尽くす彼らは、もちろん体臭のことなんか気にしないのでしょう。
僕に限らず、たいていの人々が思い描く海賊の肖像とは、そういうものだと思います。 しかし、戦地調停士シリーズの3作目『海賊島事件』に登場する海賊たちは、どうもそんな感じじゃない。なんと言えばいいのか、海賊にしては、いささか行儀がいい。荒くれ者たちには違いないけれど、インガ・ムガンドゥ一世から始まる世界最大の海賊組織〈ソキマ・ジェスタルス〉は、もっとこう理知的な印象なのです。
そんな本職の海賊たちに対して、作中、最も“海賊的”だったのが、魔導彫刻家のサハレーン・スキラスタスでした。彼は海賊ではありません。高名な芸術家で、美青年。しかし、恥ずかしげもなく大袈裟なことを言い、自分の美貌と才能に自覚的で、他者への気遣いなど皆無。気に入った女を情動にまかせて口説く態度の中に、思いやりや理性は微塵も感じられませんでした。まったくもって粗野で、自分勝手で、幼稚で、動物的本能の奴隷であり──おや、これではまるで海賊だなと思ったのです。
今回の事件は、そのスキラスタスが滞在しているモニー・ムニラの、「落日宮」と呼ばれる古城を利用したサロンで起こります。そこには、各国の貴族や政府高官たちが集まってくるのですが、その中に、夜壬琥姫(やみこひめ)と呼ばれる絶世の美女がいました。
聖ハローラン公国の王族たる彼女は、落日宮にて、ずっと誰かを待っているらしい……。ところが、とうとうその“待ち人らしき者”が現れた翌日に、夜壬琥姫は、水晶体の中で絶命しているのを発見されるのです。それは世にも美しい、あまりにも美しい死体だった。まるで、完璧な芸術作品のような……。しかも現場は密室であり、事件の捜査には、西の大陸で最大の国土を誇るダイキ帝国が乗り出してきます。
その夜壬琥姫殺害を疑われたスキラスタスは、ソキマ・ジェスタルスの都・海賊島へと逃亡。海賊島──と言っても、それは大型船舶を七隻繋げた人工の島であり、賭博場や劇場などを保有する世界最大規模の歓楽街でもあります。その島の支配者、イーサー・インガ・ムガンドゥ三世が、スキラスタスの保護を部下たちに命じたことで、ソキマ・ジェスタルスはダイキ帝国と対立することに……。
その海賊たちとダイキ帝国との調停を頼まれたのが、シリーズ1作目『殺竜事件』に登場するトリオ──レーゼ・リスカッセ大尉とヒースロゥ・クリストフ少佐、そして仮面の戦地調停士ED(エド)です。本作は、2作目『紫骸城事件』ではほとんど出番のなかったトリオが再び活躍する物語となっていて、3人のファンには嬉しい限りでしょう。
しかし、実際に海賊島へ上陸(乗船)したのはレーゼ・リスカッセとヒースロゥ・クリストフのふたりだけで、EDはひとり落日宮へ。そこで、EDが所属する七海連合に声をかけられ、採用が決まるかどうかの面接を待つカシアス・モローとともに、夜壬琥姫(やみこひめ)の死に関する謎を解き明かそうとします。
戦地調停士シリーズは、ファンタジーの世界ならではの特殊な謎と、驚愕の真相が見事なミステリーシリーズ。『海賊島事件』も例外ではありません。それに加えて、ほろ苦いような、切ないような人間描写もシリーズの特徴であり、僕の場合は、とくにそうした人間ドラマが好きで戦地調停士シリーズを読んでいるようなところがあります。
『海賊島事件』は、歪(いびつ)で不可思議な親子の物語です。偉大な始祖と、それに仕えた者。父と母、その息子を巡る家族のお話……。しかし、そこには家族という言葉から連想されがちなぬくもりなどはおよそなく、無慈悲と哀愁と諦めに等しい淡泊さが入り混じった苦味のようなものが漂っています。終盤に解き明かされていく謎に驚き、大いに感嘆しつつも、僕にとってはそうした奇妙でいて他者には決して立ち入ることができない親子の物語が、この作品のハイライトでした。
レビュアー
小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。