上遠野浩平さんの傑作「戦地調停士シリーズ」の登場人物の中で、僕はリ・カーズが好きです。魔導の名門フィルファスラート家の〝完成品〟にして、世界を征服し尽くす寸前まで迫った〝魔女の悪意(ビイアス・リ・カーズ)〟。より正確には、僕はリ・カーズ本人というよりも、彼女の台詞(セリフ)が好きなのです。
「何かを求めなくては、何もできないのかしら?」
「この世を動かしているものは〝悪意〟だ。なにかを踏みにじってやろうという思念、欺いて皆を出し抜いてやろうという意識──それらがあれば人にできぬことはない」
「世界はひどい矛盾と理不尽と混乱に満ちている、と思っているんだろうが──混乱し矛盾しているのは理のないおまえそのものだ」
フィクションにおける台詞の面白さとは、こうした当たり前に過ぎる言葉であったり、普通なら口にできないような意見、過激すぎて共感すべきできない思想を、もっともらしく言わせてしまうところにあるのでしょう。それによって、ときに溜飲が下がったり、納得したり、思索の端緒にもなりうる。
「戦地調停士シリーズ」の2作目『紫骸城事件』には、そんな「名台詞」がたくさん出てきます。僕はこのシリーズの大ファンなのですが、芝居がかった台詞が最も効いているのがこの作品。ストーリーも、そうした台詞たちに負けないスケールになっています。
そもそも、タイトルにもなっている〝紫骸城〟とはなんなのか?
かつて世界の命運をかけてふたりの魔女が戦いました。ひとりは、圧倒的な力と悪意で世界を手中に収めようとしたリ・カーズ。もうひとりは、人造人間の超級魔導戦鬼オリセ・クォルト。紫骸城とは、リ・カーズがオリセ・クォルトを迎え撃つために造った“呪詛”を集めるための巨大な城なのです。ふたりはこの城で戦い、その後、行方不明に……。
そうして──ふたりの魔女の生死も、紫骸城が建築された〝本当の理由〟も、誰にも知られることがないまま、300年という厖大な時間が過ぎ去った。
しかして、事件が起こります。一流の魔導士が干涸らびて、バラバラになったその変死事件は、紫骸城で〈限界魔導決定会〉が始まる直前に発生。やがて大量殺人にまで繋がる陰惨な謎に否応もなく巻き込まれ、解決に乗り出すフロス・フローレイド魔導大佐は〝紫骸城の秘密〟とも対峙することに──。
「戦地調停士シリーズ」のミステリー的特徴といえば、大胆不敵なトリックと鮮やかな「どんでん返し」です。もちろんこの『紫骸城事件』も例外ではありません。
しかし、そうした事件以上に謎めいているのが、実は何人かの登場人物だったりします。本作には、ミラル・キラルという双子の「戦地調停士」が出てきます。姉のミラロフィーダと弟のキラストル。僕はこのミラロフィーダが、実は好みのタイプなんですね。レビュー冒頭で述べたリ・カーズの場合は、彼女の言葉に酔いしれたい。その気持ちが強い。でもミラロフィーダに関しては、彼女そのものが好きなのです。
僕が感じたミラロフィーダの魅力に関しては、わかってくれる人は物語の終盤になればわかるでしょう。ギャップは罪だなと思いました。僕はあのとき〝のみ〟垣間見たミラロフィーダの人間味にやられてしまったのだ!
そのミラロフィーダがよく「良し(ディード)」「無駄(ナイン)」と口にします。ミラロフィーダの台詞を借りるなら、『紫骸城事件』は──もちろん「良し(ディード)」。
レビュアー
小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。