早坂吝(はやさか・やぶさか)さんの本格ミステリ小説。援交探偵「上木らいち」シリーズです。
早坂さんといえば、らいちが初登場するデビュー作の『○○○○○○○○殺人事件』で読者の度肝を抜いて、瞬く間にその個性を本格ミステリの歴史に刻みつけた鬼才です。その鬼才っぷりは本書『双蛇(そうじゃ)密室』でも健在でした。
本書の真相は、著者のデビュー作に匹敵するインパクト。よほど想像力が豊かな読者でなければ、本書のトリックと犯人を推理することは、まず不可能でしょう。驚愕の真相を知ったとき、僕はおもわず絶句させられました。こんなの、わかるわけがない(ほめてる)!
早坂さんのファンならご存じのとおり、探偵役のらいちは若い娼婦です。彼女の常連客である藍川刑事も、シリーズのファンにはお馴染みのキャラ。本書ではその藍川刑事の過去と、彼の家族にスポットライトが当てられている。
藍川刑事は「異常なまでの蛇恐怖症」で、毎月一度は「二匹の蛇と真っ暗な部屋が出てくる夢」を見る。彼が赤ん坊の頃に、自宅で2匹の蛇に襲われたことが、その原因らしい。
そのときの出来事について、藍川刑事の両親には秘密がありました。藍川から事情を聞いたらいちは、彼の両親が便宜的に息子に伝えていた話の矛盾を指摘します。序盤から、らいちの切れ味鋭い推理。その後、久々に両親を訪ねた藍川は、にわかには信じがたいふたりの馴れ初めを告白される。
両親の仲を取り持った最大のきっかけは、奇っ怪な密室殺人でした。しかもその事件には「蛇」が関係している。藍川が赤ん坊の頃に2匹の蛇に襲われた事件も、密室と言っていい特殊な状況下での出来事。
不可解なふたつの密室と、蛇。そして、藍川家にまつわる驚きの過去。レビューの最初のほうにも書きましたが、その真相はよほど想像力が豊かな読者でなければ、わかるわけがない(ほめてる)。
長い歴史を持つ本格ミステリには、これまでにあらゆる種類の「意外なトリック」や「意外な犯人」たちが登場し、たくさんの読者を驚かせ、楽しませてくれました。しかしそのぶん、新規のトリックや意外な犯人は、そうそう出てこないのが現状です。
もちろん、過去に例のあるトリックや意外な犯人が登場する作品であっても、だから本格ミステリとしてダメというわけではありません。物語の面白さや人物の描き方、緻密でロジカルな推理によって、十二分に魅力的な本格ミステリ作品に仕上げることは可能です。
けれども、そうはいっても、やはり類例のないトリックや犯人に出会ったときの衝撃は凄まじい。過去、本書と同じトリック、本書と同じ意外な犯人が登場する作品があったのかどうか、僕の乏しい知識では断言しかねるのですが、おそらくは大半の読者にとって『双蛇密室』の真相は“初体験”になるはずです。それぐらい、すごかった。
「上木らいち」シリーズといえば、エッチでコメディな独特の作風をまずは思い浮かべるファンが少なくはないでしょう。僕もそうなのですが、デビュー作から一貫してどのシリーズ作品にも共通している「真相の意外性」こそが、「上木らいち」シリーズと著者の早坂さんの最大の凄味なのかもしれない。本書を読了して、あらためてそう思わされました。『双蛇密室』、読者の想像を絶する驚愕の本格ミステリ作品です。
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。