「いままで誰も触れたことのない、新しい警察小説シリーズ」としてスタートした『新東京水上警察』シリーズ。第1作の『波動』では、東京オリンピックを控え、東京湾警備拡張のため新設された水上警察署の熱血刑事・碇拓真らの活躍を描いた。第2作の『烈渦』では、台風直撃で荒れ狂う東京湾で半グレ集団の黒幕と壮絶な死闘が…! 著者の吉川英梨さんに作品への思いを聞いた。
リアルな描写をするために、徹底的に現場を取材
——まず、水上警察をテーマに小説を書こうと思われたきっかけや背景を教えてください
警察小説というジャンルが飽和状態になってきているというのが出版業界では言われているので、その中でどう個性を出していくのかというのを考えたときに、「水上警察というテーマの小説はないんじゃない?」という話が打ち合わせの段階で出たんです。東京の水上警察は、かつては存在したんですが、2008年に廃止されています。しかし、2020年の東京オリンピックに向けて、もし今、東京に水上警察があったらどんな役割を果たせるのか? そういう視点で水上警察をテーマに書いてみたいと思いました。
——今までにないテーマを扱うということで、取材などで苦労されたことは?
情報ソースが何もなくて、取材は確かに大変でしたね。海技職員の人に取材をしようといろいろ試みたんですが、なかなかたどりつけなくて…。1冊だけ、30年くらい前の本なんですけど、東京水上警察が実在していた頃に、100周年記念で刊行された本があって、そこには東京水上警察がどうしてできたのかという根本からたどっていって、どういう事件を扱って、どういう活動をしているのかということが細かく記されているので、それをベースに現代だとこうだろうなっていうのを、取材で拾い集めたものと混ぜながら物語に落としていきました。
——今回はお台場エリアの「船の科学館」で発見された変死体が事件の発端となりますね。
情報収集のため、湾岸警察署の近くを歩いていたとき、「船の科学館」に立ち寄ってみたんです。船に関する知識も持っていないと物語が書けないので。(本作にも登場する)南極観測船「宗谷」は展示が一時休止(※編集部注:移設のため2027年3月31日まで)になっていて残念だったんですが、船のシーンなどをリアルに描くために、いろいろと参考になる展示がありました。
——執筆活動の中でフィールドワークを大事にされてますよね。
脚で書くっていうんですかね?(笑) 限界があるんですけど、もっともっとしないといけないと。本当はそこに住むくらいの勢いでやりたいと思うんです。行くたびに新しい発見があるので、もっともっと知りたいと思っているところです。
父にアクションシーンの英才教育を…
——海上でのアクションシーンは読みごたえがありますね。
この作品は、アクションがすごく重要だと思ったんです。水上警察というマニアックな題材だし、一般の人にはなじみのない言葉も多く出てくる分、アクションではハリウッド的なわかりやすさを表現しようと思いました。父がアクション映画が好きで、2歳くらいで映画館に連れて行かれて、『スターウォーズ』とか見ていたので、それが私の血や肉になっているのかなっていうのはあります。
——台風直撃の東京湾で黒幕と格闘するシーンは特に迫力がありました。これも実際にロケハンしてみたとか?
さすがに台風の日には船を出してもらえないですよ(笑)。しかも私、すごく船酔いするんです。(シリーズ1作目の)『波動』のときに一度、関係者3人で水上タクシーに乗って出たんですけど、その日は夜まで船酔いが続いてゆらゆらしていたので、沖には出られないです…。もともと私は電車に乗っても酔ってしまうんですよ。だから、あのシーンはネット動画やテレビとかを見ながら、想像力を膨らませて…。
——そうなんですか? 読んでいて船酔いしそうなくらいリアルでした(笑)。
それは狙い通りですね(笑)。大雨による災害に関しては、海上のシーンだけでなく、河川の氾濫など、いろんな資料を読み込んでシミュレートしています。まだまだ東京の災害対策には不十分なところもたくさんあるし、甚大な災害が起こりうるというところをリアルに描けたんじゃないかと思います。
どうする小池知事!? 都政の問題もタイムリーに!
——東京オリンピックや災害対策など、現実の都政でも注目される要素が盛り込まれていて、社会学の本としても参考になります。
うーん…そこは難しいところなんですけどね。都知事が代わって、オリンピックや豊洲新市場について状況が劇的に変化する中、小説はフィクションと割り切ればいいじゃないかという考えもあるんですが、やっぱりオリンピックに向けての東京が舞台になっている以上、政治の動向もある程度は反映しないといけない。特にこのところの都政は展開がめまぐるしくて…。状況が変わるたびに、原稿を大幅に書き直すから大変なんです(苦笑)。実は豊洲の地下水についても書こうと思ってかなり調査を進めていたんですが、小池都知事が公表されて……。本当に事実は小説より奇なりですよね。
——ハードなアクションや社会問題など、男性読者にウケそうな作品だと思うんですが、一方で、上司と部下、男と女、親と子…といった人間関係の葛藤は、女性読者も共感する場面が多いと思います。
主人公の碇(バツ2で3人の子どもを持つベテラン刑事)は年齢的に価値観や倫理観、刑事として人生のあり方が見えているキャラだと思うので、そこはぶれずに書きました。だけど、誰かが成長する話は読者が共感するところだと思うので、今回は相棒・日下部の成長を描きました。日下部は20代後半のゆとり世代、さとり世代だと思うんですけども、心の奥底にはすごく熱血な部分がある。でも、かっこつけててそれを出せない。そんな若者像を描きたいなと思っていて、じゃあ、どういう育ち方をしたらそんな男の子になるのかと考えたときに、たぶんすごく苦労してる気がしたんですよね。今回は、日下部と母親の関係を通じて、彼の成長を描けたと思うので、そこも注目してほしいですね。
——碇の恋人・礼子は警察官としての成長や女としての葛藤が描かれていて、新たな一面を見せてくれました。
私としては、女性を描くのはすごく難しいなと。自分も女だからこそ難しいのかなというのがあって……。警察官としての正義と、主人公との恋愛関係の間で、リアルな女性だとどう対応するんだろうと。そこはすごく苦心しましたね。女性だからこそ描けるリアルな女性像があるはずだと思っているので、彼女がどんなふうに成長していくのか、これから先も礼子は私の課題だと思っています。
——次回以降も楽しみにしています。では、最後に読者へのメッセージを。
さっき「読んでいて酔いそうになった」っておっしゃっていましたけど、それくらいのエンターテインメント性や勢いで書いていて、なおかつ最後は泣けると思うので、読む場所に気をつけてください。「酔います。泣けます」ですかね(笑)。今後も登場人物たちの成長に期待してください。
【ミニコラム 聖地巡礼】 船の科学館
事件の発端となったのは「船の科学館」で発見された男の変死体。いくつかの重要なシーンの舞台になっているので、ファンはぜひ足を運んでみて! 作品中にたびたび描かれる南極観測船「宗谷」は現在、隣接桟橋への移転のため、展示を休止(2017年3月31日まで)しているが、別館では船舶の模型や資料を展示している。2017年1月31日まで、映画『海賊とよばれた男』のタイアップ展示も開催中。休館日は月曜(祝日の場合は火曜)、年末年始(12月28日~1月3日)。入館無料。http://www.funenokagakukan.or.jp/
インタビュアープロフィール
長迫 弘(ながさこ・ひろし)
タウン情報誌・テレビ誌などの編集者を経て現在はフリーライター・編集者。エンタメ・スポーツから社会問題まで幅広いジャンルを手がける。
著者プロフィール
吉川英梨(よしかわ・えり)
1977年、埼玉県生まれ。2008年に『私の結婚に関する予言38』で第3回日本ラブストーリー大賞エンタテインメント特別賞を受賞し作家デビュー。代表作は『女性秘匿捜査官・原麻希』シリーズ、『ハイエナ 警視庁捜査二課 本城仁一』など。綿密な取材に基づいた、エンターテインメント性の高い作品で、今後が期待されるミステリー作家。