声の変化ひとつで相手の要求を瞬時に理解する。お客様からのLINEメッセージには脊髄反射で即返信。空気を読むことにかけてはもはや人類最速、新時代の申し子・ホスト。そんな彼らの前に、忖度というものがまったく通じない未知の生命体──「赤ちゃん」が現れたとしたら?
ホスト×子育て。意想外の組み合わせから、ソーシャル時代のコミュニケーションのあり方をコミカルにイジり倒しつつ、私たちが盲信している「世間」や「常識」の歪みを鮮やかに射抜く。これまで「イクメン」という言葉をしれっと消費してきたすべての人びとに読んでもらいたい痛快な小説だ。
主人公は、NO.1ホスト時代を経て、現在はクラブの店長としてカリスマ性を振りまく男・神威。ある日、いつものようにキャストたちの「ウェーイ!」の声に見送られながら帰宅すると、自室のドアの前に見知らぬ赤ちゃんの姿が。母親の心当たりはまったくないものの、持ち前の超ポジティブ思考に加え、「これまで女の金で生きてきた」ホストとしての矜持に突き動かされた神威は自分が父親になることを決意する。
挫折知らずの神威をどん底に突き落とすのが「おんぎゃあ」の泣き声だ。女の子がしてほしいことなら手に取るようにわかるのに、空気を切り裂くように突発的に響き渡る「おんぎゃあ」の意味だけはどうしても読み取れない。脳の思考を停止させる魔法の呪文・シャンパンコールも赤ちゃんには通用しない。泣きやませようと思ったら、ミルクを飲ませ、げっぷを出させ、おむつを替え、抱っこしてひたすら歩き回るの繰り返し。風呂に入る暇すらないワンオペ育児に神威はあっというまに消耗していく。
さらに、周囲の反応が追い打ちをかける。「0歳の新人キャスト」(!)として赤ちゃん同伴で出勤してはみたものの、現実から切り離された夢の時間を買いに来ている女性客は激減。キャストもほとんどが辞めてしまう。店の存続すら危ぶまれる窮地に陥った神威は、気心の知れた少数精鋭のスタッフと共に起死回生の一手──「クラウドファンディング育児」に乗り出す。
例えば、赤ちゃんの動画メッセージや成長記録が秘密のブログで一生閲覧できる【基本プラン】(50万円)。命名権をゲットできる【ゴッドファーザープラン】(1500万円)。死ぬ間際に手を握ってもらえる【エア家族プラン】(100万円)なんてものもある。出資金額に応じて赤ちゃんのプライバシーを共有するシステムに、当然のごとくネットは大炎上。神威たちの立ち上げたサイト「KIDS-FIRE.COM」は、世論の代弁者から総攻撃を受けることに。
けれど、本当にそれらは「良心」なのか? 安全な場所から「誰か」に責任を押し付けて満足したいだけなのではないか? そもそも赤ちゃんにとって、今まさに必要なことは、もっとずっと別の場所にあるのではないか──。荒唐無稽に見える一方、神威たちの提言は、この社会を形成する同調圧力のくだらなさをまっすぐに穿つものでもあるのだ。
〈自分以外の価値観に縛られることの苦しさ〉──強烈なキャラクターたちが繰り広げる抱腹絶倒のドタバタ劇の中に、はっとするほど切実なメッセージが潜む。「子育て」のあり方を鋭く問い返すと同時に、私たち全員の生き方のアップデートをも試みる野心作だ。
レビュアー
ライター、書評家。「週刊読書人」文芸時評(2015年)、「週刊金曜日」書評委員、「小説トリッパー」クロスレビュー担当のほか、「週刊新潮」で「ベストセラー街道をゆく!」、「FRaU」で「ホンとの消費学入門」連載中。共著に『世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今』がある。