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2016.07.21

レビュー

次世代AIは人間と何が違うのか?──各界の科学者はこう見る

“人間”と“機械”とはどこが違うのか、この両者の境界を探って小説家の海猫沢めろん氏が7人の科学者にインタビューをしたのがこの本です。7人の科学者とその専門は藤井直敬氏のSR(代替現実)、田中浩也氏の3Dプリンター、「マツコロイド」を作った石黒浩氏のアンドロイド、松尾豊氏の人工知能、矢野和男氏のビッグデータ、西村幸男氏のBMI(ブレイン・マシン・インアターフェース)、前野隆司氏の脳科学ですが、どれも刺激的な対話で読み出すとやめられなくなります。最前線の研究がこれほどわかりやすく語られたものはそうないのではないかと思います。

この対話のキーワードは「人間化する機械」と「機械化する人間」というものだと思います。このふたつの概念の意味しているもの(世界)はなにか。もしこのふたつが重なりあうことがあったとしたら、そこから先は人間と機械は断絶がなく、つながっていくものになります。

けれどその前に確認しなければならないことがあります。「人間化する機械」と「機械化する人間」という場合の「人間」とはなにか? 意識? 心? いえ……
──この話で一番大事なのは、そもそも「人間」の定義です。(略)「意識がある」、とか「考える」とか、そういう曖昧なものはすべて定義ではない。つまるところ、人間については何も定義されていないんですね。──(石黒浩氏)

石黒さんは著書の中で「人に心はなく、人は互いに心を持っていると信じているだけである」と語っているそうですが、この本のインタビューを読むと、その考えが少しも奇妙な意見に思えなくなりました。機械と人間は互角なものなのでしょうか。
──機械と比べて、自分はどれだけ存在価値があるのか、というのを自分自身で納得できるような生き方を探さないと、生き残るのが難しい世の中になってくるんじゃないかと。僕は、それこそが本当の人間の生きる意味だと思うんですよね。──

もちろん7人の科学者が全員みな石黒さんと同じ思想を持っているわけではありません。ですが機械(=技術)で可能なことを追求する中で、もう一度、“人間とは何か”を問い直しているのは7人とも共通しています。

たとえば田中浩也さんが考えている4Dプリンター。「静的な部品を出力するのではなく、後から形や性質が変わったり自律的に組み上がったりするようなモノを出力する新種のプリンター」は、ほとんど生物そのものに近づいているように思えます。田中さんの「人間中心のモノの見方を転倒させていきたい」という考えも石黒さんにつながるものがあるように思います。

技術(機械)の側から人間を見るとどう見えるのか。これも7人の科学者に共通しているものです。人間の行動はおおまかに分けると「移動」「会話」「作業」の3つになるという石黒さんの話が紹介されていますが、では意識(心や内面)というものをこの本に登場した科学者たちはどのように考えているのでしょうか。

「意識は受動的に出力される結果である」という前野さんが「受動意識仮説」というものを提唱しています。これは生物が外界の刺激に反応して動くように、「意識というのは環境や単純な刺激によって、場当たり的に『出力』されているものだという」考え方です。「動物や昆虫は環境の変化に応じて、意識する前に動いている。人間も実は同じで、ただ、そのあとで意識が出力されるのだ」というものだそうです。

意識がまずあって行動が生まれると考えがちですが、実験によって「意識は行動の0.5秒あとに発生する」ということがわかったそうです。であるならば行動によって生み出されるもの(=意識)は「工学的につくれる」ものと考える事ができます。

前野さんがユニークなのは、この先で幸福学(ポジティブサイコロジー)を提唱していることだと思います。
──もともと人間って機械だから、それを自覚したときにどう生きるべきなのか、というのが受動意識仮説の根底にある問いです。その問いを自覚したうえで、どうせ機械なんだったら、不幸せより幸せのほうがいいじゃんって私は思ったんです。そこで幸福学に移ってきた。──

ちなみに前野さんが見いだした幸福の因子というものが4つあります。
1.「やってみよう」因子(自己実現と成長の因子)
2.「ありがとう!」因子(つながりと感謝の因子)
3.「なんとかなる!」因子(前向きと楽観の因子)
4.「あなたらしく!」因子(独立とマイペースの因子)

この4つの因子をめぐる前野さんと海猫沢さんの対話は分量は短いですが、この本の中で独自の輝きを見せている個所です。大げさにいうと“理系”と“文系”が出会い、融合した瞬間のように読めました。

この出会いはさらに宗教(仏教)へも近づいていきます。「受動意識仮説からすると、『意識』は幻想で、もともと死んでいるんですから、なんの不幸もない。(略)これがブッダも言っている『幸せの境地』だなあと思ったんです」と。「悟り」とも思えるこの境地は「悩みがないというのはメタ認知が全部できている」ということになります。

そして、この本の最後の問いがやってきます。「自由意志」はあるのか……というものです。メタ認知ができているのなら、「自由意志」というものが生まれる余地はないようにも思えます。その果てへ向かって対話が続きます。

その結語はみなさんが、「あなたらしく!」因子(独立とマイペースの因子)で考えてみてはいかがでしょうか。何かを知ることがそのまま“スリル”に繋がる、そんな読書体験ができた1冊でした。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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