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2016.06.05

レビュー

15歳でがんの早期発見を発明した「天才少年」の成長曲線

この本は15歳にして膵臓・卵巣・肺がんを早期発見できる検査法を発明した天才的少年の自伝です。少年の名はジャック・ローマス・アンドレイカ、1997年に生まれ、カーボンナノチューブと腫瘍マーカーとしてメソテリンを利用し、がんを早期発見するという研究で2012年にインテルのゴードン・E・ ムーア賞(ISEF)を受賞、大きな話題を集めました。

天才少年ジャックはどう育てられたのでしょうか……。
麻酔科医の母(幼少時、ジャックは“眠りのお医者さん”と呼んでいました)は、幼少の頃から「子どもたちにはさまざまなお稽古をさせ、そのあと好きなものを自分で選ばせるべきだと信じて」、兄のルークとジャックの兄弟を育てました。彼女には確たるモットーがありました。それは「人生とは、情熱がかけられることを探すこと」というものです。

母の教育のもと、ジャックはピアノ(音楽)、スポーツ(ラクロス、カヤックなど)たくさんのことを経験することができました。なかでも魅せられたのはインターネット、数学、そしてサイエンスの世界でした。

インターネットや数学の魅力を教えてくれたのはテッドおじさん。おじさんといっても「ぼくのほんとのおじじゃない。でも、生まれたときからいつもそばにいたから、彼は家族も同然だった」そうです。テッドはジャックにとってかけがえのない友人であり先輩であり、もちろん先生だったのです。

インターネットはジャックにとって、いままで知らなかった情報を持ってきてくれるワンダーランドでした。さまざまな情報に接するうちにジャックの目はいつの間にかサイエンスの世界へ向けられるようになったのです。こうしてサイエンスに目覚めたジャックの好奇心はやむことがなく、6年生の時にはサイエンスフェアで総合優勝するまでになったのです。

ジャックは自分を虜にしたサイエンスの魅力をこう語っています。
──サイエンスのどこが一番好きかと言えば、「異なる世界を垣間見させてくれる」ことだ。サイエンスは、ぼくたちの周囲にあふれている一見ランダムな色や形の裏側にある世界、つまり法則や原理からなる真実の世界にぼくを連れて行ってくれる。その世界は、学べば学ぶほど、そして覆いを取り去れば取り去るほど宇宙に存在するあらゆる問題やミステリーの秘密に近づくことができる最終目的地だ。サイエンスの矛盾はない。あらゆる行為には動機があり、あらゆる問題には答えがある。探そうとする気力を奮い立たせることができれば、その答えを手にするのは可能だ。自分に達成できることは無限にあるように思えた。──

「探そうとする気力」これがジャックの成功を生んだ大きな原因のひとつです。もちろん天性の才能もあるでしょう。でもエジソンが「天才は99%の努力と1%の才能である」と言ったように“ひらめき”だけではだめで“努力”が必要なのです。この“努力”にあたるのが「探そうとする気力」だったのです。これはインターネットを生かす最良の態度のひとつではないでしょうか。

ところがジャックにインターネット、サイエンスの魅力を教えてくれたテッドおじさんが膵臓がんで亡くなってしまいます。ジャックは深い悲しみにくれて過ごす中で、新たな挑戦を見いだします。それががんの早期発見法でした。どれよりも精度が高く、誰でもが検査を受けられるようにと……。

ジャックのアイデアは研究者からはなかなか認められません。あきらめずにチャレンジするジャック、そして193番目の研究室から好意ある返事を受け取ることができました。驚喜するジャック、そして……開発への道が開かれました。

ここまでは天才少年ジャックの、“表のストーリー”です。でも彼には人には言えない悩みがありました。いじめです。天才科学少年ジャックは、悪童からはこう見えていたのです。

──君の中学校にも、分厚いレンズのメガネをかけて歯列矯正器をはめ、先生の質問にいつも手を挙げているような子がいただろう? そう、それがぼくだった。こうした特徴に加えて、ぼくは突然鼻血が出るたちだった。──

優等生ぶりがまわりのかんにさわったのでしょうか、ジャックは徹底的にハブられ、学生生活を送ることになったのです。そのいじめ言葉で使われたのが“ゲイ”というものでした。生徒だけではありません。心ない教師からこんな酷い言葉を浴びせられました。

──ある日の授業中、何かについて間違えたぼくに、教師は怒鳴った。
「おまえ、なんなんだ、ゲイなのか」
それは、ごく短い一言だったけれど、ぼくをペチャンコにするにはじゅうぶんだった。ゲイであることは、悪いことなんだろうか? ぼくには、おかしいところがあるんだろうか? もし地獄があるとすれば、それはきっと、この中学校にそっくりの場所だろうと、ぼくは思った。──

悪口として使われた“ゲイ”という言葉にジャックは深く傷つきました。実はジャックには口に出せないもうひとつの悩みがあったのです。それは……自分がゲイだということでした。思いあまったジャックはクラスメートにカミングアウトします、それもメールで……。結果はジャックの望んだ方向に向かいません。一部の女子生徒をのぞいてジャックへのいじめはより激しくなりました。トイレの個室でランチをとる日々……。追い詰められたジャックは鉛筆を手首に刺してしまいます。

転校したジャック、失意の彼に追い打ちをかけるようにしてやってきたのが、あのテッドおじさんの死でした。大切な人の死に直面して、ジャックはサイエンスの道に、今まで以上にのめり込んでいったのです。その情熱で勝ち得た栄誉がゴードン・E・ ムーア賞でした。ジャックを最後に救ったのはサイエンスへの情熱だったのです。

この本は、ある少年が悩み、苦しみぬいた日々を、それにめげず打ち勝つように生きた姿を綴った名作です。ジャックを支えてくれたものは、情熱、不断の努力、自分を信じる心、そしてなによりもそれを育んでくれた両親、家族、テッドおじさんだったと思います。どのような青春小説、青春映画をも越えた感動を与えられる1冊です。と同時に、アメリカの優れたサイエンス教育のあり方を生徒の目から描いたものでもあります。

ぼくは科学の力で世界を変えることに決めた

著 : ジャック・アンドレイカ
著 : マシュー・リシアック
訳 : 中里 京子

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レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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