単刀直入に言うと、もっと早く読んでおくべきだった。これほど参考にできる部分が多い自伝というのも少ないのではないか。10万部を超えるベストセラーの文庫化である。
優れた小説は、読者の様々な読み方や感じ方を可能にし、年月が経っても色褪せない。優れた自伝はそれ以上に、自分の生き方に強い道標を示してくれる。「自伝」というスタイルの読み物では、とかく都合の悪いことには言及せず、武勇伝がちりばめられ、上から目線の「~すべし調」で語られることも多いが、この本はそんな「自伝」と一線を画している。
著者については、もはや詳しく説明するまでもない。iPS細胞の発見でノーベル生理学・医学賞を受賞し、夢の再生医療への大いなる期待を背負っている、あの山中先生である。
本書を読んで、2つの点に感銘を受けた。
1つ目。iPS細胞を発見するに至った経緯について。成功する科学者は、1つの真理を生涯をかけて追い求めていくタイプと、山中先生のように、当初設定した仮説を検証していく途中で、副産物的に思わぬ大発見をする、というパターンがある。実業家でも、最初から1つの事業をずっと執念深く続けて成功する人もいれば、ひょんなことから関わった事業が上手くいってしまうような人がいる。
これは決してレアケースなどではない。複数のノーベル賞受賞者が、セレンディピティ(偶然の幸運な出会い)について言及していることからも明らかだ。ふとした偶然から、予想外のものを発見する能力を培うには。山中先生の体験が語られる。この部分は研究職や起業などを目指す人には特に有益だろうと思う。
2つ目は、キャリア形成について。山中先生も自身のキャリア形成に悩み、様々な挫折を経験しながら現在の地位を勝ち取った。その経緯は、どんな境遇の人にも勇気を与えるのではないだろうか。
――利根川先生の講演を聴く機会があったのですが、講演の後の質疑応答の時間に、思い切って手を挙げて質問したんです。「日本では研究の継続性が大切だという意見が多いのですが、先生はどう思われますか。」 ~中略~ 利根川先生の正確な答えは忘れましたが、「研究の継続性が大切だなんて誰がそんなんいうたんや。面白かったら自由にやったらええんやないか」というような趣旨のお答えだったと思います。利根川先生に、そんなふうにいっていただけるならと、うれしかったですね。――
この講演を聞いた頃の数年間が、ご本人にとって苦しい時期だったと振り返る。一生懸命に研究しても成果が出ずに、明確に自分の進むべき道を見通すことができないつらさは、今のような不確実な時代には、多かれ少なかれ、誰でも共有する経験ではないだろうか。紆余曲折を経てiPS細胞の発見に至った山中先生の事例は、キャリア形成論として誰もが興味深く読める部分だと思う。
平易な語り口で書かれた本書は、若い学生はもちろん、現役の研究者や教育関係者の方にも、ぜひ読んで頂きたい一書である。
レビュアー
30代。某インターネット企業に勤務。年間、
特に、歴史、経済、哲学、宗教、