昨年リリースしたシングル曲「灯台」が、iTunesのトップソングで4 位にチャートイン。人気ミュージシャンの黒木渚さんが、3 編の小説を収めた初の単行本『本性』を刊行する。ほぼ同時に文庫『壁の鹿』も発売し、文学界の新星となること間違いなし。単行本と文庫の各担当編集者がインタビューした。
音楽、小説、そして言葉
──〈首に腫瘍のあるハトは〉という歌詞で始まる黒木さんの曲『アーモンド』(2015年)を初めて聴いたとき、負の圧力を感じました。しかし、それがやがて希望的なものへと切り替わっていくところに妙な清々しさを感じて、「この人が小説を書いたらどうなるんだろう」と思ったんです。調べてみたら、黒木さんはアルバム『自由律』(2015年)の限定盤に、特典として書き下ろし長編小説『壁の鹿』を付けていらした。壁にかけられた鹿の剝製と登場人物との不思議な対話から展開する連作小説ですが、これはどのように生まれたのでしょう?
黒木 アルバムに自作の小説を付けて、楽曲と小説をリンクさせたり、その流れでミュージックビデオやライブを作ったら面白いだろうなと思ったんです。『壁の鹿』は「剝製の鹿がしゃべる」という設定をまず思いついて、そこから想像をふくらませていきました。
──それ以前にも何か書かれていましたか?
黒木 楽曲をもとにしたストーリーをWEBで公開したことはあります。私の音楽は文学的なところから生まれることが多いので、アウトプットが音楽ではなくて小説だったらどうなるか、ずっと興味があったんです。
書いていて「小説ってすごく音楽的だな」と思うことがあります。歌詞にくらべるとやたらと文字数もあるから、ディテールを書き足していく。その作業は、歌詞を作るのとはまったく逆です。そこが難しかったり、楽しかったり。
──『壁の鹿』には寄宿舎で生活する少女が出てきます。黒木さんも高校は寮生活だったとか。
黒木 寄宿舎のある中高一貫の学校でした。その頃は私の人生の“エピソードII”に当たります。“エピソードI”は幸せな幼少期、“II”は世間から隔離され、24時間友達と一緒という不思議な学校生活の時代です。与えられる娯楽もわずかで、貪欲に発掘しなければ得られず、私にとって遊ぶ場所は図書館だけ。とりわけ寄贈図書コーナーがスリリングでした。吉村萬壱さんの破壊的な内容の小説がぽっとあったりして。外部と遮断されて生きていたので、それを読んだときのびっくり度は普通の人以上だったと思います。村上春樹さんや村上龍さん、山田詠美さん、江國香織さん、京極夏彦さんたちの作品ともそこで出会いました。
──初めて作詞されたのはいつですか?
黒木 大学1 年、19歳のときです。大学では軽音楽部に入っていたのですが、そのとき私は失恋か何かでカンカンに怒っていたんです。普段はあまりキリキリしないのですが、そのときは「むしゃくしゃする! スカッとしたい!」と思って、初めて詞を書きました。ビリヤードの玉に嫌なことを込めてどんどん落としていく、みたいな歌詞。それを曲として形にしたら、すっきりした。そんな感じで曲を作り始めました。
──今回、単行本『本性』を刊行されますが、タイトルにはどんな思いを込めたのでしょうか。
黒木 いろいろな案があった中、「黒木さんのいまの心境をタイトルにしたら?」とアドバイスされたんです。そのとき私は原因不明の“声の出ない症状”を抱えていて、歌手活動が立ち行かなくなり、生きた心地がしなかった。何か表現したいけど声が出ない。そんなとき、私には“書く”ということがあった。原稿に全部吐き出して、創作に対する情熱をぶちまけていかないとバランスがとれなかったと思います。それはやっぱり私の「本性」ではないか、そう思ったんです。
嘘っぱちに救われ合ったらいいな
──『本性』に収録されている第1話のタイトルが「超不自然主義」。知識もないまま占い師として街角に立つサイコと、無機質なモノしか愛せないエリの物語です。
黒木 まずあったのは、「ユンボ(ショベルカー)とのセックス」。それをどれほど普通に書くか、普通ってなんだろうというのがテーマです。
エッフェル塔と結婚するような“対物性愛”の人がいることは、ずいぶん前にテレビで観て知っていました。そういう人たちに翻弄される普通の人を描きたかった。特別でいることを目指す中で、ことさらヘンになりたがる人っていますよね。この小説の主人公サイコも試行錯誤するけど、やっぱりユンボとセックスするエリのような、ナチュラルボーンにヘンな人には敵わないんです。
──第2話の「東京回遊」は、専業主婦がたまたま乗ったタクシーの運転手と交わす会話が物語の核になっています。
黒木 お互いに嘘を交えて自分を語る、虚構と虚構の空中戦です。でも最終的にその嘘っぱちに救われ合ったらいいなと考えて、ストーリーを展開しました。
──黒木さんがタクシーの運転手さんとした実際の会話がもとになっているそうですね。
黒木 めちゃくちゃ面白いものを書いて収録しないと、この本、売れないかも、なんて焦っていたときで(笑)。なんでもいいからと、急に運転手さんに「会社と何対何でギャラもらっているんですか?」って聞いたんですね。そしたら結構あっさり、「うちは6対4です」なんてしゃべってくれて。そこからタクシー運転手同士の縄張りの話とか、前職は結構いい会社に勤めていたんだけどね、みたいな話に。家族構成まで詳しく話してくれました。そこでふと、「でも、この人がしゃべってること、嘘かもしれない」と思ったんです。それで「お客さんは何をしてる人ですか?」と質問されたとき、こっちも嘘をつこうと思って。
──なんて言ったんですか?
黒木 「私、小説家なんです」って(笑)。
──嘘じゃないじゃないですか(笑)。そのとき、もうすでに何話か書いていたんですから。でも、そこからあの物語が生まれるなんて、やっぱりすごいです。次回作はどんな構想があるんですか?
黒木 実はこの2ヵ月くらい、ずーっと考えていて。ヘンな人を見つけたり、毎日面白いことを50個ずつ考えるようにしています(笑)。
──毎日50個!
黒木 それで昨日思いついたのが「鉄塔」です。すべての家と線でつながっていて、電気を供給している鉄塔。もしこれが、電力じゃないものを供給していたら? と想像したり。金持ちが庭に大仏建てたりするみたいに鉄塔を建てたらどうなるんだろう? とか。そんなことを家の近所にある鉄塔を眺めながら考えたりしていました。
──その原稿、5月末締め切りで待ってます(笑)!
執筆のための取材でパチンコを初体験
──話を『本性』に戻しますが、第3話の「ぱんぱかぱーんとぴーひゃらら」は、その日暮らしをする中年男と風俗嬢が偶然出会い、同棲を始めるけれど、奈落の底へ落ちていく物語ですね。
黒木 この話は、ある曲のトランペットのパートをレコーディングしているときに思いついたものです。そのとき奏者に「無茶苦茶なお囃子みたいなのを吹いてください」とお願いして、「ぱんぱかぱーん!」って吹いてもらった。その音が耳触りは良かったのだけれど、もの哀しく聴こえたんです。哀しいパレード、みたいな。小説に描いた中年男と風俗嬢は、生活レベルで言えばかなり苦しいけど、ぱんぱかぱーん、ぴーひゃららとお囃子のように騒ぎ合う。本人たちはそれで幸せだったりするんじゃないか。哀しいけど幸せ、面白いけど哀しい。そんなことを書いたつもりです。
──パチンコ屋さんに取材に行きましたね。
黒木 二人はパチンコ屋で出会うという形にしたかったので、横浜にある店に取材に行ったのですが、私、生まれて初めてパチンコをしました。小説に描いた中年男は、そのときの全財産である3000円を軍資金にして勝負に出るわけですが、それがどれくらい勇敢なことなのか、どれくらい馬鹿げているのか。そういう感覚もわからなかったので。「1000円なんてあっという間だよ」という感覚も、やってみて初めてわかりました。
──今後のさらなる作家活動も楽しみですが、音楽シーンへの復帰も待ち遠しいですね。
黒木 言葉の比重が大きめの音楽を作ってきましたが、小説を書いてからは、それまでより音楽っぽくなった気がします。小説を書くときに言葉を存分に使い、脳の言語野を使いまくって、疲労した状態で曲作りにのぞむと、それまでありきたりだなと思っていたメロディとかコード進行がすごく鮮やかに聴こえてきたんです。なので、そちらもお楽しみに!
宮崎県出身。大学在学中に作詞作曲を始め、2010年にバンド「黒木渚」を結成。文学研究にも没頭して大学院に進む。2012年、「あたしの心臓あげる」でデビュー。iTunesが選ぶ「ニューアーティスト2013」に選出された。2014年からソロに。アルバム『標本箱』(2014年)、『自由律』(2015年)をリリース。2016年のシングル「灯台」はiTunesのトップソングで4位にチャートインした