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2017.02.07

インタビュー

学校を守るため「制裁」を行う生徒たち──薬丸岳が明かす『ガーディアン』誕生秘話

吉川英治文学新人賞を昨年受賞した薬丸岳さんの最新作『ガーディアン』が刊行される。少年犯罪をテーマにした作品を多く手がけてきた薬丸さんが今回舞台にするのは、匿名の生徒たちによる自警団「ガーディアン」が治安を守る中学校。生徒や教師にさまざまな事件が起こり、予測をくつがえす驚きの結末が待っている──。担当編集者の文芸第二出版部・鍜治佑介と共に、この作品が出来るまでを明かす。

たこ焼きを食べに行く途中で……

鍜治 前作『Aではない君と』(2015年9月刊)から薬丸さんの担当をしています。この作品はデビュー時から書き続けてこられた少年犯罪を題材にしたもので、昨年の吉川英治文学新人賞を満場一致で受賞しました。脱稿時には私も薬丸さんもやりきった感があり、その次の作品となる本作で何を書いていただくかは、とても難しかったです。

薬丸 これまで書いてきた「少年犯罪」とは違う方向から、少年少女と大人たちの物語を描こうと考えました。

鍜治 テーマを決めたのは一昨年の秋、『Aではない君と』を刊行した直後です。北海道、青森、盛岡、名古屋、大阪、京都など、全国の書店をサイン本を作るためにまわっていたときでした。

薬丸 僕としてはのんびり旅行気分で、と思っていましたが、「次はどうしましょう?」と鍜治さんに急かされて……(笑)。

鍜治 大阪で書店さんを出てから、昼食にたこ焼きを食べたじゃないですか。確か、書店からたこ焼き屋さんに行く途中で本作のテーマが決まったような……。

薬丸 そうでした。鍜治さんから、学校や教師をテーマに書くのはどうかと言われたんですよね。これまで作品を書くときは、僕からいくつか案を出して、その中で設定やテーマが決まることが多かったんですけど、今回は違いました。

鍜治 薬丸さんも「面白そうだ」と仰ってくださって、そのあとにうかがった書店さんで、「薬丸さんの次作は教師の話です」と言ったりして、あとに引けなくなった感じも(笑)。

薬丸 僕だけの考えだったら、まだ書かなかったテーマだと思うんです。 僕自身、学校にはあまり良い思い出がないですし……。僕は小学校のときに5回、中学校のときに2回転校していたこともあり、子供の頃は内気でした。勉強もスポーツもできない、どちらかというといじめられっ子でしたね。自分ができなかったこと、したかったことを書けばいいじゃないか。自分の願望と想像力で空白だった学生時代の記憶を埋めてやろう。そう開き直ると、アイデアが浮かび上がってきました。
また、僕の妻が小学校で仕事をしていることもあって、先生方のご苦労はいろいろ聞いていました。最近は学校で何か問題があると、まず教師が叩かれますよね。本当に大変な仕事だと思います。

鍜治 薬丸さんの小説は、たとえば「子供の頃に殺人を犯してしまった人を友達に持ったら」とか、「少年犯罪者の親だったら」など、あまり書かれることのない立場からのものが多い。教師はいまバッシングの対象になることが多いけれど、本作は生徒と同時に、教師にも寄り添う視点で書かれています。

薬丸 先生を無闇に批判し、否定するだけの作品にはしたくなかった。「教師はなぜいるのだろう」「学校は何のためにあるのだろう」と考えながら書きました。

鍜治 前作までの多くは、社会的に大きな問題となる事件をめぐっての物語でしたが、今回は中学生たちそれぞれの、個人的な事件がいくつも起こります。

薬丸 「好きな人に振り向いてもらえない」とか、「友達が話しかけてくれなくなった」とか、社会にとってではなく、その人にとっての大事件です。

鍜治 でも、殺人事件は起きません。

薬丸 デビュー11年目にして初めてです、人が殺されない物語を描いたのは (笑)。
あと、今回は視点人物(物語の語り手となる人物)だけで13人いるんです。13歳の中学生から、教師や保護者まで。僕の作品の中で最多です。

鍜治 これまではもがき苦しむ一人の気持ちを徹底的に追究してこられた薬丸さんが、今回は13人の気持ちを考え、掘り下げていかれました。

薬丸 視点人物以外にも登場人物は当然いるので、全部で数十人になりますね。そのひとりひとりが何を思って、どう動くのか。プロットを作るだけでひと苦労でした。

きっと世界が少し違って見える

鍜治 さらに今回は、「最後にドッカーンという驚きが欲しいです!」とお願いをしました。「一生忘れない小説にしてください!」とも(笑)。

薬丸 失踪したら楽になる、と何度思ったか(笑)。早く手放したいとこんなに思った作品はなかったですね。構想から約1年半、原稿を書き始めてから約1年……。

鍜治 そういえば構想の最初の段階では、自警団の「ガーディアン」は出てきていなかったですよね。

薬丸 プロット作りに腐心していたとき、自警団というアイデアがパッと浮かんだんです。なぜそういう組織が存在し、教師はどう向き合っていくのかといった点に重きを置きました。生徒たちの間でも「ガーディアン」に対する考えはそれぞれで、肯定的に捉える者もいれば、そうでない者もいる。

鍜治 物事の感じ方、捉え方は、これほどすれ違うんだと思う作品です。
そして一度読んだら本当に忘れられない、胸に迫るラストになりました。ネタバレになってしまうので、ここではこれ以上、お話できませんが。

薬丸 僕の作品は、どちらかと言うと鉛を呑み込んだような、救いのない読後感のものが多いのですが、今回は清涼飲料水を飲んだあとのようにスッキリするのではないでしょうか。

鍜治 そうですね。どんな年齢の人でも楽しめる作品だと思いますが、とりわけ「自分は独りぼっちだ」とか、「誰も自分のことをわかってくれない」と思っている方に、ぜひ読んでほしいですね。

薬丸 あと、仕事に疲れたとか、つまらないとか、生きていて息苦しさを感じるという方にも。
読む前とあとでは、世界が少し違って見えるんじゃないかと思います。

「もっと行ける!」と思って全面書き直し

鍜治 今回は久しぶりの書き下ろしになりましたね。

薬丸 僕の場合、雑誌などで2年くらい連載をしてから本にすることがほとんどで、そういうときはストーリーを最後まできちんと決めないままスタートしていました。今回は書き下ろしなので、プロット作りに時間をかけたのですが、大のミステリー好きの鍜治さんと「今回は徹底的にミステリーをやろう」と話し合ったことも大きかったと思います。

鍜治 ミステリーをやるなら最後にどうひっくり返すかまで考えておこうということで、執筆前にプロットを細かく書き起こしていただいたんですよね。

薬丸 前作の『Aではない君と』のときとは、立ち上がり方からまったく違いました。前作はまず「週刊現代」で連載をしたので、その中心読者である熟年層に興味を持たれるようなテーマや設定を考えたんです。
僕は何かアイデアが浮かんだり情報を得たりするとワードに1〜2行書いて、それをずっと溜めているのですが、10年ほど前に『天使のナイフ』を書いていた頃、少年法について調べていて、「保護者でも付添人になれる」という条文があることを知ったんです。ただ、小説にするのはなかなか大変そうだなと思い、書かずにいたネタでした。それを「週刊現代」の連載テーマを決めるときに思い出して……。

鍜治 「子供が刑事事件を起こしたとき、親が付添人となって子供の弁護をすることができる」というものですよね。「それは面白い」「これまで書かれたことのないテーマだ」ということで、すぐに採用になりました。そのあと弁護士をはじめ、いろいろな取材をしましたね。

薬丸 連載が終わって単行本にするときも二人でゲラの読み合わせをするなど、鍜治さんとは長い時間をともに過ごして作品を作り上げてきました。

鍜治 お互いに、家族よりも長く一緒にいる時期があったほどです。自分の妻の動向は知らなくも、薬丸さんがどこで何をしているかは完璧に把握していたことがありました(笑)。

薬丸 僕のスマホに鍜治さんがGPSを仕掛けたのかと思ったこともあります(笑)。でも、そうやって密に仕事をしてきた鍜治さんとだからこそ、今回の『ガーディアン』ではこれまでと違うことに挑戦できたのだと思います。

鍜治 テーマが決まってからも山あり谷ありでした。

薬丸 発売日も延びました。最初は去年の10月に刊行する予定で一度書き上げたものの、僕も鍜治さんも満足できずにそれを捨ててしまった。

鍜治 捨ててないです! ですが、二人の中に「もっと行ける!」という気持ちがあったんですよね。

薬丸 そうですね。だから刊行を延ばせるのなら「行けるところまでやりましょう」と仕切り直した。

鍜治 書き直していただいたことで、視点人物13人の造形も格段に深まったと思います。

薬丸 でも、原稿の枚数は最初より減りました。余計なものが削ぎ落とされて、僕の作品の中でもこれまでになくコンパクトなものになった。と言っても、300 ページ近くあるのですが。

鍜治 13人の人物が深掘りされて描き込まれ、たいへん濃密な小説になりました。ぜひ多くの人に手に取っていただきたいですね。

薬丸岳(やくまる・がく)

1969年兵庫県生まれ。2005年に『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受賞してデビュー。2016年、『Aではない君と』で第37回吉川英治文学新人賞を受賞した。他の作品に『刑事のまなざし』等の夏目シリーズ、『友罪』『神の子』『誓約』『アノニマス・コール』など

ガーディアン

著 : 薬丸 岳

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