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2017.01.09

インタビュー

【新人賞受賞】寺子屋の女師匠が抜群の評価──“お仕事×時代小説”誕生!

朝井まかてさん、加藤元さん、塩田武士さんなどが受賞者に名を連ねる小説現代長編新人賞。第11回目となる2016年の受賞作、泉ゆたかさんの『お師匠さま、整いました!』が1月17日に刊行される。

舞台は享保11年(1726年)の茅ヶ崎。たくさんの教え子に慕われてきた寺子屋で、亡き夫の跡を継ぎ、子供たちに学問を授ける若き女師匠の桃と、寺子屋一の秀才で生意気な性格の女の子・鈴、ある日、「学び直したい」と寺子屋を訪ねてきた10代半ばの娘・春の3人を中心に展開する、活き活きとした人物描写が魅力の時代小説だ。

このデビュー作が生まれるまでを、担当編集の中谷洋基と共に語る。

ふだんは塾講師。その経験が活きた

中谷 今回の小説現代長編新人賞は、1036篇の応募があり、最終候補には本作を含めて5篇が選ばれました。そのときから、私はこの作品が一番面白いと思っていました。

泉 ありがとうございます(笑)。私は大学在学中に小説を書き始めて、20作品近くをさまざまな新人賞に応募してきましたが、小説現代長編新人賞に応募したのは今回が初めてでした。

中谷 この作品の魅力は、登場人物のキャラクターが活き活きしているところです。若くして寺子屋の師匠をしている主人公の桃も、人間味のあるキャラクターですね。理想の女師匠ではなく、生意気な教え子がいたら素直にムカつくし、恋愛がうまくいかなくてモヤモヤしたりする。教えることに確信を抱けていない部分もあって、決して立派な女師匠ではない。そこがいいのだと思います。選考委員の方々からも「登場人物が立体的に描かれている」と評価されました。
泉さんはふだん塾講師をされているそうですが、その経験も活きているのではないですか?

泉 塾では中高生を教えていますが、やはり葛藤や悩みがあります。でも、小説に描いた桃と同じように、子供たちに弱みは見せられない。そんな自分の気持ちが入っていると思います。
実は、最初はこの物語を現代ものとして書いたんです。でも、あまり面白くならなくて……。そんなとき、好きな落語を聴いていて、ふと「設定を江戸時代にしたらどうだろう」と思ったんです。

中谷 時代小説ですが、とても読みやすいので身構えずに作品に向き合えますね。

泉 時代背景がそれほどわかっていなくてもスッと物語に入っていける、とっつきやすくて楽しいものを書こうと考えました。
私、宮藤官九郎さんが大好きで、宮藤さんが脚本を書いたドラマ『タイガー&ドラゴン』(2005年)を100回くらい繰り返し観ているんです。現代のヤクザが落語を覚えていくという話ですが、古典落語の演目をベースにストーリー展開がなされていて、現代劇なのに時代ものの雰囲気がある。それなら私は、現代劇っぽい時代ものを書いてみようと思ったんです。

中谷 江戸時代に発達した「和算」という数学を扱っているのも、この作品の面白いところですね。

泉 私は数学は苦手なのですが(笑)、物語に和算をとり入れるきっかけとなったのは、数年前のハワイ旅行でした。ハワイへ向かう飛行機の中で、隣の席に座った年配の男性が何かを一生懸命やっている。鬼気迫る様子だったので、つい「何をされているんですか?」と声をかけたんです。そうしたら数独パズルで、その男性はハワイでそろばん塾をされている方でした。そのままいろいろお話しする中で、和算のことも教えていただいた。それがすごく面白くて。後日、その方のご紹介で、日本にひとりしかいないという和算家の先生にもお話をうかがうことができました。

中谷 和算はただの計算法ではないんですよね。効率良く答えが出せる方法を見つけたり、知恵を絞る必要があったりなど、頭の回転の良さがものを言う。本作の中でも、ある日寺子屋を訪ねてきた春は、そういうひらめきを潜在的に持っているタイプ、一方の寺子屋一の秀才・鈴は努力して答えを導き出すタイプとして描かれ、和算を通してうまく対比がなされています。

泉 江戸時代の人にとって、和算は娯楽という一面があったようですね。それまで自分が思っていた数学と違って、すごく楽しい。当時の和算の本も図形が多かったり、挿絵があったりしてかわいいんです。最近は、和算の問題を自分で作る小中高生のコンクールもあるようで、この作品に登場する和算の問題のいくつかも自分で考えました。

中谷 でも、数学が本当に苦手という読者も少なくないと思うので、そういう方たちにもスッとわかっていただけるように、和算の問題とその解答を描くシーンは試行錯誤しましたね。

泉 図形を入れるなどして、かなりわかりやすくなったと思います(笑)。

「働く人」を描いていきたい

中谷 昨年秋に行われたこの賞の授賞式の挨拶で、泉さんは「働く人を描いていきたい」とおっしゃっていましたね。

泉 作家を目指す中で、生きていくためにも、小説を書くだけでなく仕事も当然必要だと考えてきました。そうして仕事を始めたら、働くことが大好きになったんです(笑)。いまも塾講師のほかに、バイクの専門誌でライターをしています。

中谷 でも、泉さんはバイクには乗らないんですよね。

泉 運動神経がないので、恐くて乗れません(笑)。自分では体験したことのない世界を、資料をもとに書いているわけですが、そういうことをやってみたかったんです。塾講師は夕方からの仕事なので、日中はかけ持ちで興味の向くまま、ファミレスや洋服屋さんで働いたこともあります。そうやってしっかり仕事をしていれば、小説を書く時間を一生持ち続けられるなと思って。

中谷 今回は寺子屋の師匠という仕事を描いていますが、引き続き「仕事」というのが、泉さんの小説のテーマのひとつとなっていくわけですね。この作品も「この先どうしようか」と悩んでいる人に届くものがあると思います。あと、「勉強って何の意味があるの?」と思っている人にも。

泉 塾講師を長く続けているので、勉強について考えることが多かったんですね。勉強したらいい大学に入れるとか資格がとれるとか、そういうこと以外に、勉強をしていくとその人がすごく変わる瞬間がある。それが面白いなと思っていて。

中谷 春や鈴も学んでいく中で成長していきますし、桃も変わっていきますよね。

泉 人って、勉強すると変わっていくと思うんです。今、勉強について考えたり悩んだりしている人も、この本をぜひ読んでほしいですね。

執筆は毎晩2時間で、週休2日

中谷 泉さんの講師としての経験や思いが、主人公の桃に投影されているとおっしゃっていましたが、桃の感情豊かな部分も泉さんに似ているのですか?

泉 どうでしょうか(笑)。10代の頃は、いろいろなことを敏感に感じるところがあり、思春期特有の生きづらさを感じていた時期もあります。でも、仕事を始めたとたんにそれが全部なくなって楽しくなったんです。
今回の作品が受賞できたのは、そんな自分をまるごと出さないように書いたからかな、とも思っています。以前は自分の小説のレベルを上げようという気持ちはあまりなく、ただものを書くのが好きで、激情にかられて発散するように書いていたところがありました。

中谷 泉さんは、目標とするような作家はいますか?

泉 どの作家さんも、神様みたいな存在です。大学時代は有吉佐和子さんが好きで、文章を書き写したりしていました。ここしばらくは宮藤官九郎さん。彼がもし小説家だったら、私も小説を書こうなんて思わなかったかもしれません。宮藤さんが書いた映画やドラマの脚本、エッセイなど、つらいときに助けてもらった作品がたくさんあります。

中谷 泉さんは一日の中で書く時間帯を決めていらっしゃるんですよね。

泉 仕事を終えたあとの、平日の夜2時間を執筆にあてています。ずっと書いていきたいと思っているので、5年ほど前に、必ず執筆する時間帯を決めたんです。あと、週に2日は書かないことも決めました。塾の生徒たちにも「勉強を続けたかったら、必ず週に2日は休まないとダメ」と言っています(笑)。

中谷 さて、1月21日発売予定の「小説現代」2月号には、泉さんの新作短編が掲載されます。

泉 今回と同じ江戸期を舞台にした時代ものですが、テーマは女相撲。

中谷 泉さんならではの人物描写が光る作品なので、こちらも反響が楽しみです。

泉ゆたかメッセージ
泉ゆたか(いずみ・ゆたか)

1982年神奈川県生まれ。早稲田大学第二文学部卒。同大学院政治学研究科修士課程修了。大学在学中から小説の執筆を始め、現在は塾講師のかたわら、バイク雑誌のライターなどもしている

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