稀代のストーリーテラー・恩田陸さんの新作『七月に流れる花』と『八月は冷たい城』が、2冊同時刊行される。両作の舞台は、招かれた子どもは必ず行かねばならないとされる「夏のお城」。その城の謎に、『七月〜』は少女側から、『八月〜』は少年側から迫るという構成で、恩田さんが仕掛けた極上のミステリーをたっぷり楽しめる。両作が雑誌連載された際に担当した文芸第三出版部・栗城浩美と、書籍化を担当した同・丸岡愛子と共に、この2つの作品について語り合った。
「ミステリーランド」シリーズの完結作
丸岡 今回の2作は、2003年にスタートしたレーベル「ミステリーランド」全30冊の最後を飾る作品でもあります。
栗城 「かつて子どもだったあなたと少年少女のための」を合い言葉に、弊社の宇山日出臣(故人)が立ち上げたレーベルで、綾辻行人さん、島田荘司さん、田中芳樹さんなど人気ミステリー作家が、子ども向けに新作を書き下ろしてくださいました。
恩田 宇山さんは名物編集者と言われ、「この本も、あの本も宇山さんが手がけたのか!」という方でした。私がよく覚えているのは「世界ショートショート傑作選」というシリーズ。子どもの頃に読んで、ものすごいインパクトがありました。私も含めて「ミステリーランド」の執筆陣は、宇山さんが手がけた本を読んで育ったので、「そういった作品に匹敵するものを!」という思いで書いたと思います。今回の2作は私にとって、宇山さんへの恩返しという意味もあるんです。
栗城 宇山さんが亡くなって、もう10年になります。
恩田 「ミステリーランド」の創刊当時、宇山さんは執筆予定だった作家全員に、1冊の本を送ってきました。ドイツの作家エーリヒ・ケストナーの『わたしが子どもだったころ』です。ケストナーが自身の生い立ちや親のこと、印象的な先生のことなどを綴った自叙伝で、私は今回の作品を、子どもの頃の自分に向けるつもりで書きました。
丸岡 恩田さんの2作は、宇山さんからの依頼に、まさにど真ん中のストレートで応えてくださっています。
恩田 子どもに向けてはいるのですが、それほどやさしい言葉を使って書いたわけではありません。内容も残酷で過酷。暗い話なのですけれど、子どもって意外とダークなものが好きですよね。私も好きでしたし。「世界は見た目通りの美しいものじゃない」ということに、子どもたちは薄々感づいている。だから、そういうきれいごとじゃない話として書いたつもりです。実際に「ミステリーランド」の作品は、子どもにとってトラウマになりそうな話が多い(笑)。
丸岡 大きく2つのタイプに分かれていませんか?
恩田 児童文学らしく美しく終わるタイプと、「読んで驚け!」みたいな話と(笑)。私も子どもの頃、物語はハッピーエンドが当たり前だと思っていたところに、ミステリーを読んだらバッドエンドやデッドエンドが出てきて。最初にそういったものを読んだときの衝撃は、今でもよく覚えています。それと同じものを今の読者にも感じてもらいたいというのが、どこかにあったと思いますね。
栗城 ほとんどの漢字にルビを振っているので小学生から読める仕様ですが、年齢を問わずに楽しめる物語になっているところが「ミステリーランド」の特徴だと思います。今回の恩田さんの作品は、夏休みの林間学校が舞台になっていますが、「小学生の夏休み」という設定で描いた方が、ほかにも何人かいらっしゃいました。
恩田 子どもの頃、夏というのは特別な時間で、とても大事な季節ですよね。1年のうちでも、夏休みってぽっかりあいた空間なんです。どこかへ行って、ちょっと特別な体験をして、また日常に戻ってくる、みたいな。夏休みは、異空間的で非日常の場所の象徴でもあると思う。
丸岡 その感覚を物語化してくださっているところが、恩田さんの素晴らしいところだと思います! 夏休み独特の、湿度の高い、秘密めいた空気がどちらの作品にも漂っています。
栗城 当初、この2作は女の子と男の子のバージョンに分かれていて、季節は7月と8月、そしてダークファンタジーということだけが決まっていました。『七月〜』の連載が終わり、『八月〜』のほうを書かれている途中で、恩田さんは「わかった、こういう話だったのよ!」っておっしゃいましたよね(笑)。
恩田 私は書きながら考えるタイプなので、書いてみるまでわからないんです。「こういう世界なんじゃないかな」と思いながら書いていましたが、実際にわかったのは後半に入ってからでした(笑)。
栗城 この物語のキーになる登場人物に「みどりおとこ」がいます。以前「小説現代」に書いていただいた短編『淋しいお城』に、「みどりおとこ」は出ていたんですよね。
恩田 今回の作品の予告的なつもりで書いたのは覚えています。実はこの2作とリンクしているということは、当時からわかっていたんです。
丸岡 そしてついに結実したわけですね。恩田さんらしいミステリーとしての魅力があり、少年少女が過ごす夏休みのドキドキするような冒険もあり、2冊同時刊行! とても読み応えのあるものになりました。
子どもたちに、いいものを届けたい
栗城 「ミステリーランド」は、装丁も特徴のひとつになっています。全作品をブックデザイナーの祖父江慎さんが手がけていますが、今回も力作です。創刊時は、祖父江さんが企画会議に出向いてプレゼンをし、ハイスペックで豪華な装丁を実現させたそうです。
恩田 このレーベルは、宇山さんと祖父江さんの並々ならぬ情熱が絡み合ってできたものなんですよね。
丸岡 背表紙にはオリジナルに色染めした布が使われていて、そこに紙をつないで製本しています。
栗城 「継ぎ表紙」と呼ばれる方法です。いまや失われつつある技術で、全国でも数人しか作れる方がいないと聞きます。
恩田 だいぶ前の純文学作品などに使われていましたが、今はなかなか見ないですね。「早く出さないと作れなくなっちゃうかもしれないよ!」って言われていたくらいです。
栗城 さらに表紙の文字は箔押しで、特製函入り。貴重な造本です。「子どもたちにいいものを読んでもらいたい」という思いから、ものとしても大事にしてもらえるように、というこだわりが詰まった本です。
丸岡 いろいろな方に手にとっていただきたいですね。クリスマスプレゼントにも最適だと思います。
恩田 その季節に、なんとか間に合いましたね(笑)!
酒井駒子さんの挿絵にもご注目を!
丸岡 「ミステリーランド」は、ロゴ以外は1冊1冊、タイトルのフォントや目次の仕様まですべて異なる、オリジナルのデザインになっています。
恩田 こういう本が作れるのは本当にぜいたくだし、ありがたいことだと思います。
丸岡 通常の文芸作品にくらべると、挿絵が多いのも特徴です。恩田さんは当初から、表紙と挿絵を酒井駒子さんにお願いしようと決めてらしたのですよね?
恩田 酒井さんの絵は、甘さと暗さのバランスが本当に良くて、以前からファンだったんです。今回の話の内容にもぴったりだなと思って、お願いしました。
栗城 絵本作家としても非常に人気がある方ですね。
丸岡 酒井さんからは、「どのシーンを描くかも含めて、お任せいただいたほうが今回は合うと思う」と言っていただきました。
恩田 実際、素晴らしいものになりました。「なるほど、酒井さんはこのシーンを描くのか!」と、見るのが楽しみで興味深かったですね。
栗城 『七月〜』の表紙には、主人公の女の子と、駆ける少女たちの後ろ姿が描かれています。一方、『八月〜』には、主人公の男の子と、暗闇の中に咲く大きなヒマワリが描かれています。どちらも素晴らしいです。
丸岡 『七月〜』の函に描かれた「水路を流れる花」は、この物語の舞台である「夏のお城」の謎めいたルールにも深く関わっています。物語を象徴する存在なんですよね。
栗城 少年少女たちには、「鐘が1回鳴ったら、集合する」「鐘が3回鳴ったら、お地蔵さんにお参りする」「水路に花が流れたら、その花の色と数を報告する」というルールが課せられている。「夏のお城」で唯一守らなければいけないルールだけれど、何のためにやるのかは読み手もわかりません。『七月〜』の主人公の少女ミチルは、転校生でこの街に馴染みがないから、そこに疑問を持つわけですね。『八月〜』は、少年たちがさらに、その世界の秘密を探っていく展開となります。
丸岡 残酷さのあるお話ですが、明かされていく世界の秘密や、少年少女が向き合う事件の切実さや重さは、トラウマになるというよりも、読者自身がやがてそういう問題と向き合うときに、支えとなるようなものではないでしょうか。
恩田 自分が12〜13歳の頃に読みたかったものを書きましたが、大人の読者にも読み応えのあるものになっていると思います。
栗城 まさに「ミステリーランド」の堂々たる大団円ですね!
1964年宮城県生まれ。1992年、『六番目の小夜子』でデビュー。2005年、『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞、第2回本屋大賞を受賞。2006年、『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門賞を受賞。2007年には『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞を受賞した。近著に『タマゴマジック』『蜜蜂と遠雷』などがある