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2016.04.22

レビュー

【筒井康隆絶賛】原始的「愛」の誕生、正体を追うファンタジー

筒井康隆さんがこの小説について、こう語っています。

「僅かな継承によって精緻に描かれてゆく人類未来史。ファンタジィでありながらシリアスで懐かしい物語たち。これは作者の巨大な核である。うちのめされました。」

むかしむかし、「テクノロジーが発達すれば、世界はもっと多様になるだろう」と考えられていました。

ネットがあれば、個人でも発信できるし、逆にどんな情報へもアクセスできる。細かい趣味嗜好も発掘され、温存されて、コミュニティを形成していくことだろう。

それに物理的にも、もはや人は集まって暮らす必要がなくなる。離れていてもコミュニケーションが維持できるようになるので、人の偏在も進むことだろう、と。

しかし実際の歴史はそうはなりませんでした。たとえばアパレル分野では、デザインの均質化が進んでしまった。POSで売れ筋が管理される現代では、すぐに「正解」が見える。その正解めがけて各プレイヤーが商品を投入していくので、どのアイテムも似たようなものになっていきます。

コンテンツ産業でも同じような現象が起こっています。買って失敗のないはずの「ランキング上位」に売れ筋は集中し、ランキングの2ページ目にならぶ作品は見られなくなる。

小売り分野だけなら仕方がないのかもしれませんが、現代では思想信条までもが、「右」とか「左」とか端的な極に集中し、多様性が失われつつある。

そう、考えてみれば、みんながつながるということは、みんながひとつになることだったのです。その意味において現代社会は「多様であることを望んでいない」とも言えます。ちなみに世界的に、大都市への人口集中も進んでいるそうです。
 
もっとも均質であることは悪いことだけではないはずですが、もしそこに問題があるとしたら「自分たちとは異質な存在に対して共感できるのかどうか」ということになるでしょう。

川上弘美氏の小説「大きな鳥にさらわれないよう」では、この「多様性」を回復しようとする試みが描かれます。といってもそのスケールは、はるかに大きく、舞台とする時間は、100年、200年ではなく地質学的な年代。

幾重にも重なる争いや変動を経て、人類という種はついに滅びつつある。なにか巨大な戦争や災害がひとつの原因となったというよりは、種そのものが、環境に対応し、変容し、生き抜いていくポテンシャルをついに使いきってしまい、個体の減少をとめることができなくなっているように見えます。

長期的な変動に対して人類レベルで対応していくのはなかなか難しいことです。たとえば現代を見ても、気候変動への対応はなかなか足並みがそろいません。この物語の世界でも、減少がかなり進行してしまった後に、ついにある試みが実行されます。

それは多様性を回復する試み。残存する人類は、同質性を持ったグループごとに暮らすようにする。ただ、干渉は最小限にとどめる。やがてもし異なるグループの接触が自然にはじまった時、そこに遺伝的な多様性が生まれる“かもしれない”。すなわち、人類が進化し、新たな種が誕生する“かもしれない”。

あくまでも「可能性」の話です。しかしその進化の「可能性」に賭けようとしたのでした。しかし、賭けようとしたのは、そもそもいったい“誰”だったのでしょうか? 

作品の世界は、私たちの時代の遠い未来に見えますし、同時に、はるかな過去にも感じられますが、クローンや遺伝子解析の技術は発達し、残存しています。

であれば、人類の遺伝子そのものをデザインし、人工的に進化をうながす未来もあったのではないでしょうか? それは、よくイメージされる未来像です。

しかしこの物語の包含する世界観はよりスケールが大きく、そうした「人智」でデザインされる変化では、もうどうしようもないところまで来てしまっている。

それに、「売れ筋」への集中が結局自分たちの首をしめることになるのがわかっていてもやめられないように、人間の「計算」には限界がある。地質学的な年代の変化を見通して対応することなど、人間には難しいのでしょう。たとえスーパーコンピューターを駆使して演算しても届かないような先に、運命の鍵はある。

結果、運命の鍵は人類種の中の自然な「交配」に託されたのでした。個人的に言い換えることが許されるなら、進化の鍵は「愛」と「性」に託されたことになります。

この物語では、なんども「愛」が現れます。それはラブストーリーのような愛ではない。もっと未分化な、もっとちょっとした結合であったりしますし、あるいは私たちの知っている愛に近くとも、それは最小限の湿度をともなってしか登場しません。ですが、不思議にこの物語の最初から濃厚に愛の気配を感じます

それは永劫の胎内回帰のような不思議な感覚気配。物語世界を包み込むような、偏在する空気。
物語を読み進めるうちに、読者はその感覚の真の姿を知ることになります。我々をつつんでいた「愛」の正体とはなにか。壮大でもあるのに、より親密でもある。その誕生と結末を知った時、大いなる運命に心を打たれることになるでしょう。

レビュアー

堀田純司

作家。1969年、大阪府生まれ。主な著書に〝中年の青春小説〟『オッサンフォー』、 現代と対峙するクリエーターに取材した『「メジャー」を生み出す マーケティングを超えるクリエーター』などがある。また『ガンダムUC(ユニコーン)証 言集』では編著も手がける。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。近刊は前ヴァージョンから大幅に改訂した『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオン・アドレサンス』。ただ今、講談社文庫より絶賛発売中。

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