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2017.04.01

レビュー

なりたい者になれる「妖面」に群がる人々。欲と闇を売る時代ファンタジー!

連作短編の時代ファンタジーです。著者は、『ユリエルとグレン』で第48回講談社児童文学賞佳作、日本児童文学者協会新人賞を受賞した石川宏千花(いしかわ・ひろちか)さん。

「御招山からの使者」
「枯れない花」
「へそ曲がりの雨宿り」
「ある兄の決断」
の4話構成。主人公は、面作師(おもてつくりし)の見習い、太良(たいら)と甘楽(かんら)の少年ふたりです。

面作師というのは、お面を作る職能集団のこと。時代は、戦国時代の末期。太良と甘楽は、表の屋号「お面屋たまよし」として、お祭りなどでお面を売っているのですが、彼らにはもうひとつ、裏の屋号がありました。

それは、「魔縁堂(まえんどう)」。太良と甘楽は、その裏の屋号で「妖面」を売っている。妖面とは、顔に被せることで、自分がなりたい人物に変身できる特殊なお面のことです。絶世の美女にも、眉目秀麗な美男子にも、顔だけでなく、体型も、自分の望み通りに変身できてしまう。その一方で、人によっては強力な副作用がある。

──妖面は、使用者の内面と深く結びつきます。その結果、面をはずすことができなくなる方もいらっしゃいます。そうなった場合、面をはずす術はありません。そして、面をはずせなくなった方は、人として生きていくことができなくなります──

妖面は、便利な玩具ではない、ということです。では、そんなリスクを負ってまで、人はなぜ、妖面を求めるのでしょうか。

おそらくはその問いこそが、本書の主題なのかもしれません。

たとえば、好きな人がいたとします。あなたはその人が好きですが、相手はそうではありません。どんなにアプローチしても、なかなか振り向いてくれない。かといって、嫌われているわけでもない。相手の本音が知りたい。そして、是が非でも好きになってもらいたい。そうなってもらうためにも、相手の本心を知りたいのです。

もちろん、相手の隠された本心を知るなど、現実には不可能でしょう。だからこそ、相手の理想の人物になれるお面があるとしたら、あなたはどうしますか? そのお面に無関心でいられますか? あなたは、あなたのままでは愛されないのに……。お面を被って別人に変身することで、その状況が一変するとしたら、反則かもしれませんが、その誘惑に打ち勝つ自信は、僕にはありません。一度だけなら、大丈夫。危なくなっても、妖面は、すぐに外せば大丈夫。そんな軽い気持ちで、被ってしまうかも……。

そうやって、“自分ではない何者か”になることで、知りたかった相手の本音を知り、まったく別の人生を生きることは可能です。ですが、それが必ずしも幸せとはかぎらない。まったくの別人になることで、知らずにいたかった残酷な現実、剥き出しの感情にふれて、二度と立ち直れないほど落ち込んでしまうかもしれない。本書ではそうした生々しい欲望と自分勝手な理想、思いどおりにはならない虚しい現実のリアリズムが、第1話の「御招山からの使者」でさっそく描かれている。

そんな酷薄な現実を受け止めきれず、妖面の暗黒面に呑み込まれた者は、やがて人ではなくなってしまうのです。そうなった者を、太良と甘楽は「浄化」する。もっとわかりやすい言い方をすると、殺してしまう。その最悪の結末を承知した者だけが、妖面を買える。

本書は、レビューの冒頭にも書いたとおり時代ファンタジーですが、人が直面するであろう普遍的な問題を排除せずにしっかり描いている人間ドラマです。あらゆる理由で、自分ではない何者かになれる妖面を求め、人ではなくなってしまうリスクを承知で被り、知りたくもなかった現実を目の当たりにして、負の感情に呑み込まれてしまった者、そうはならなかった者。その違いはなんだったのか。それを思案することで、僕たちは生きる上での指針をえることができるのかもしれません。

各話で出会う人たちに、それぞれ特別な事情があるように、太良と甘楽の経歴も特殊です。ふたりは捨て子でした。天狗たちを統べる穏(おん)という人物に拾われ、お面を売り歩きながら、いまもその穏なる人物に庇護されています。

太良と甘楽が今後、どんな人たちに出会い、どう成長していくのか。『お面屋たまよし』はシリーズ作品なので、本書をお気に召した方は、そこにも注目してください。『お面屋たまよし』の物語は、本書で終わるのではなく、始まるのです。

お面屋たまよし

著 : 石川 宏千花

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レビュアー

赤星秀一 イメージ
赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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