家族とは何かを主題に据えた新野剛志(しんの・たけし)さんの力作です。
中谷洋(なかたに・よう)は、元新聞記者の小説家。妻と中学生になる娘がいるものの、離婚して、現在は独身です。
彼は深夜の散歩中に、酔っ払いの若い女に出会います。身を案じ、うちに帰るよう忠告するのですが、女は、中谷の家のトイレを貸してくれと言って、ついてくる。仕方なく仕事部屋のアパートに案内すると、彼女は奇妙なことを言い始めます。
──あたしが関わるひと、みんな死んでいく──
──最初は彼だった。家を訪ねたら、首を吊っていた。次は、友達と電話で話してるときに、死ぬって言われた。探しにいったけど間に合わなかった。二回ともあたしが第一発見者だった──
女の話は、それだけではありません。
──子供のころ、あたしスパイ学校に入れられてたんです。子供たちを集めて、スパイを養成する学校。そんなものが日本にあるなんて信じられないでしょうけど、本当なんです──
中谷はもちろん信じません。朝になり、中谷が寝ている間に、女はいなくなっていました。しかし、中谷が使っている物とは別の、彼にとって大事な歯ブラシが消えていた。女が持ち去ったのか。歯ブラシは、中谷が引きずっている暗い過去──30年前の、ある失踪事件と関わりの深い物です。
歯ブラシの行方が気になる中谷は、担当編集者の小島とともに、女を探すことに。
他方、工藤友幸という若者の視点からも、ストーリーが進展します。この工藤も、子供の頃、スパイ養成学校に通っていたらしい。28歳になった工藤は、かつてスパイ学校で「教授」と呼んでいた男を捜しています。
序盤のスパイ学校の謎や、女の正体に迫る展開だけでも面白いのですが、本書は「家族」をテーマにした小説です。中谷の人生に多大な影響を与えた30年前の失踪事件も、彼の家族が関係し、離婚した妻と多感な時期のひとり娘、そのふたりとの関係も現在進行形で語られてゆく。中谷の書く小説も、家族小説です。工藤が「教授」を捜しているのも、彼が熱烈に家族を求めているからです。
そうまでして求める家族とは、なんなのでしょう。そもそも、何をもってして、家族と呼ぶのか。血縁か。それとも、心の問題か。
答えは、きっと人の数だけ存在し、中谷と工藤の家族観にも差異はある。というより、大きな違いがあるのですが、そんなふたりに共通しているのは、深刻なまでに家族に囚われ続けている、ということです。
ともすれば、それは呪いなのかもしれません。
家族という名の呪縛から逃れられない、中谷と工藤。同じ呪いの鎖に心を繋がれたふたりの距離感が、謎の女を結節点にして一気に縮まったとき、衝撃の展開が待ち受けています。終盤に差し掛かる手前、第2章の終わり。おそらく、この展開を予測できる読者はほぼいないでしょう。衝撃は薄れることなく、そこからさらに、第3章、第4章へと続いていく。
そんなふうに、読了まで意外性が連続する筋立ては、著者の落ち着いた文章と相乗効果をなして見事なのですが、やはり、本書を優れた作品たらしめているのは、家族というテーマを用い、読者の心に突き刺さるほどそのことをしっかりと描いているからだと思います。
家族とは何かを、あたかも自問するように登場人物たちに紡がせることで、人の複雑さ、身勝手さ、矛盾、悲哀、掴み所のなさを浮き彫りにしている。僕にとってはそれが、本書の一番の読みどころでした。『美しい家』。自信を持って、おすすめしたい1冊です
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。