『TATSUMAKI 特命捜査対策室7係』は、2007年に日本ホラー小説大賞短編賞と江戸川乱歩賞をダブル受賞した曽根圭介さんの警察ミステリーです。
本書の主人公は、鬼切壮一郎(おにきり・そういちろう)。強面が似合いそうな名前の人物ですが、典型的な草食系の若者です。そもそも彼は警察官になりたかったわけでもない。
運がいいのか悪いのか。人に恵まれているのかいないのか。壮一郎は、自分の意志とはおよそ無関係に敷かれたレールの上を歩いている。警視庁捜査一課の特命捜査対策室へ配属されたきっかけも、本人曰く「まぐれ当たりみたいなもの」。
その壮一郎とコンビを組むことになるのが、辰巳麻紀(たつみ・まき)です。本書のタイトル『TATSUMAKI(たつまき)』は、彼女のあだ名ですが、なぜそんなふうに呼ばれているのかというと、「いきなりやって来て、捜査をしっちゃかめっちゃかにしちまうから」。長身の美人で、頭の回転が速い。その一方で、違法捜査も辞さない問題ありの人物。その竜巻の渦に巻き込まれた壮一郎は、確かにしっちゃかめっちゃかにされています。
もっとも、麻紀のような押しの強さがなければ、未解決事件の捜査には当たれないのでしょう。「特命捜査対策室」は未解決事件専門の部署です。2009年に警視庁捜査一課に設けられたまだ若い組織で、本書では約80名の捜査員が所属していると書かれていますが、壮一郎が配属された「7係」は彼を含めてたったの4名。
利かん気の強い麻紀は言うに及ばず、係長でぼんやりしている又吉、元マル暴刑事の夏八木、麻紀のファンで最年長の肥後など、「7係」の面々はみんなキャラが立っている。
その「7係」が捜査するのが、5年前の男性失踪事件です。小久保清二は失踪当時35歳。行方不明者届を提出した彼の妻は、夫がその実兄に殺害されたと疑っている。清二の兄である亮一は、当時、捜査一課の刑事でした。
内偵の結果、小久保兄弟は遺産相続トラブルを抱えていたことがわかり、清二の足取りも亮一の家を訪ねて以降、途絶えています。そのため警察は亮一を疑いますが、清二の失踪に関する証拠を見つけ出せないまま捜査は終了、特命捜査対策室へと引き継がれたというわけです。
本当に兄が弟を殺したのか。その謎が、当然、物語を引っ張ってゆくのですが、注目すべきは事件の真相に至るまでに、人間の小賢しさや滑稽さがしっかりと描かれていることでしょう。
生きていると、何が起こるかわからない。どこから何が飛んでくるのか見当もつかず、それがときには人生の致命傷になってしまう。不条理。諦念。虚無。人の心の矮小さなど、そうしたものが本書からは垣間見えてきます。
喜劇的な描写が目立つため、映像化するときはスラップスティック風にすると面白いかもしれませんが、その土台にはおそらく、著者の人間性への深い洞察があるのです。そしてもしかしたらそれこそが、この小説の最大の魅力なのかもしれません。おすすめの1冊です。
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。