『おちゃっぴい』は連作短編の時代小説。著者は、幻想シリーズで有名な堀川アサコさんです。
タイトルの「おちゃっぴい」とは、〔「お茶挽(ひ)きの」の転〕。「(女の子が)おしゃべりで活発で、茶目っ気のあるさま。また、そのような女の子」(三省堂辞書)のこと。
たしかに、本書に登場する現幻無限流(げんげんむげんりゅう)の師範代、巴(ともえ)は、「おしゃべりで活発で、茶目っ気のある」おちゃっぴいな女の子です。22歳なので、女の子の原意からは外れるかもしれませんが、明るく、ほがらかで、勝ち気そうなところが、実におちゃっぴいでした。
そんな巴は、傍目には可憐な女性です。モテるわけですが、現幻無限流は「他に類を見ない高速の剣」。師範代の巴は、剣術の達人です。そのへんの男たちが、よこしまな気持ちを抱いて悪戯をしようとしたところで、全員返り討ちにするほどです。
といっても、年頃の女性ですから、好きな男性はいる。それが、幼馴染みの青治(せいじ)。彫師をやっている男前で、その青治とは別に、巴にはもうひとり、十手持ちの桃助(ももすけ)という幼馴染みがいます。
ところが桃助は、「御用の仕事も板について大物の盗賊を追っていた矢先」に姿を消してしまいます。以来、杳として行方が知れません。
それから6年、桃助は死んだと見なされ、江戸の町では、人を食べるという「生きミイラ」の怪談が話題になっていました。
──餌として目を付けられたが最後、人も獣も逃げる間もなく食われてしまう──
もちろんこんな噂話は一笑に付せばよいのですが、同じ頃、青治のもとに奇妙な客が訪ねてきます。博徒の男で、彼の背中には、暗号めいた刺青が彫られていた。その男と、ある人物との接点がわかると、雰囲気は俄然、ミステリ小説です。
ほどなく、殺人事件が発生。巴たちは江戸を騒がせている生きミイラの正体と、桃助が行方不明になった真相に迫ってゆく──というのが、第1話「怪人」。
本作は連作短編の時代小説ですが、各話、ほんのりホラー風味の謎解きミステリです。自分は時代小説の読者ではない、と思っている方たちにも充分受け入れられる作風でしょう。
第2話「太郎塚」でも怪異が描かれ、謎が鮮やかに解決されます。しかし第3話「雨月小町」になると、怪談色が濃くなって、たんなる時代ミステリだと決めつけていると、ひやっとさせられるかもしれません。
第4話「カタキ憑き」は、仇討ちに成功した卯太郎(うたろう)が、その後気を失い、目覚めたときには自分のことを、殺したはずの仇──加納源垂(かのう・げんすい)だと思い込んでいる、というお話。加納と卯太郎の過去を巡ってストーリーが展開するのですが、この第4話でインパクト大だったのは、お駒(こま)という、祈祷師のおばあさん。
とてつもなく胡散臭い人物で、自分に霊を憑依させたり、その霊の影響か、「老婆とは思えない腕力」で人を持ち上げたりします。予言めいた台詞や、相手の心中を透視したかのような言動も目立つ。しかし、このお駒さん、実は周りをよく観察していて、詐欺師さながら超自然的な能力があるように見せかけているだけじゃないのか、とも思えるのです。僕の勝手な想像ですが。
鋭い洞察と事前の情報収集だけでは、「老女とは思えない腕力」の説明はできませんが、その怪力を例外とすれば、実はこのお駒さんが本作で一番の名探偵なのかもしれないな、なんて妄想がふくらみます。本作中、僕のイチ推しキャラです。
そのお駒が、第4話で発した奇妙な予言が的中するのが、最終話(第5話)の「蝶の影」。この第5話で青治がいきなり行方不明になります。
青治の過去が明かされるこの第5話に限らずですが、書きようによっては陰惨な物語になりそうなものを、堀川さんにかかれば、あまり暗くならない。そこがすごくいい。人の不条理を描きながらも、どこかで癒やされる。それは、どんな事件が起きても、どんな状況であっても、どんな過去を背負い込んでいても、巴たちが前を向いて生きようとする姿勢を示し続けているからでしょう。
このことは、堀川さんの幻想シリーズや、本書と同じ版元から上梓された時代小説『大奥の座敷童子』でも同様です。暗いテーマなのに、小説は、全体を通じて明るい。読後感はちょっぴり切ない。でも、それと同じくらい爽やか。
それはもしかしたら、幻想シリーズや本書の登場人物たちが、「おちゃっぴい」だからかもしれません。老若男女を問わず、「おしゃべりで活発で、茶目っ気のある」愛すべき人たち。 本書に限ってみても、巴だけでなく、桃助も、無愛想なキャラ設定の青治も、僕イチ推しのお駒おばあさんも、実はみんな「おちゃっぴい」でしたよ。
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。