『男性漂流』『男という名の絶望』と続く著作で現代日本の男たちの実像と悩みを追い続けている奥田さんの原点といえるのがこの本です。
この本は「結婚できない男たち」「更年期の男たち」「相談する男たち」「父親になりたい男たち」の4つの章で構成されています。真摯な著者の取材姿勢に打たれたのでしょうか、男たちは自分の抱える苦悩(?)、本音を実に素直に語っています。
登場する男たちが告白する“つらさ”はどこからきているのでしょうか。なによりも大きな原因となっているのは彼らの置かれている環境、男性優位社会が押しつけてくる、こうあるべきだという“規範”の強迫です。
この本の半分を占める「結婚できない男たち」の中にこのような1節があります。
──「結婚できない」男性たちに会って感じたのは、最大の要因は、心理的要因であるということだ。ある女性を結婚相手として求める際のためらいや戸惑い、自身が思い描く理想と目の前の現実とのギャップといった、心理面に大きく影響されていると思うのである。本章で紹介した「できない」男性たちはいずれも、現在、女性との交際に至っていないケースだが、すでに女性と付き合っているのに結婚できない男性についても、同じことが言える。収入面などの自信のなさから結婚を決断できなかったり、プロポーズしても断られるのではないかという不安や、今の恋人よりもっと理想に近い女性が現れるのではないかという甘い幻想があったりと、彼らの心が結婚への道を閉ざしているケースが多かった。──
自分から閉ざしているのです、さまざな理屈(言い訳)をつけて……。
──相手の女性を知る前に、自分なりの理性や理論を働かせすぎて、何も心が触れ合えないまま、せっかくの「縁」を自ら閉ざしているように思える。さらに、本人が言うところの「自信」が逆に壁となって、女性と向き合うことができなくなっている。それが本物の自信なのかというと、大いに疑問だ。──
「みんなどこかで傷つくのを怖がっている」のです。そのことへの怖れが、決断せず、「行動できずに、足踏みしてしまう」自分を作ってしまうのでしょう。心理的要因というゆえんです。
「花婿学校」の代表者が登場します。この学校で生徒たちにさまざまなテクニックを教えています。外見を変化させること、まず「見た目の改善」から始まって魅力的な会話術など多岐にわたっています。「結婚できない」理由について厳しい指摘がされています。
──昔は別にコミュニケーション力がなくたって、ただ真面目に仕事さえしていれば、男性は結婚できていたんだと思うんです。でも、女性がそこそこの経済力をつけた今、経済力以外の魅力というものが男性には求められている。男性の収入が低ければ、なおさら、ほかにカバーできる要素への要求も高まります。──
自分の自信のなさに追い打ちをかけるような社会風潮もあります。奥田さんが示した結婚できない男の4類型、「モテない系」「ビビリー系」「低温男」「白雪姫求め系」と分類された男性それぞれの聞き書きからは、彼らのがかかえている“つらさ”がいかに深刻なものなのかが伝わってきます。
男らしさの“規範”が男たちに追い詰めているのは結婚だけではありません。日常生活にも現れています。
──男性はつらさや苦しみを自分で背負い込み、独りで解決しなければならないと思ってきた。誰かに助けを求めるという考えもない。誰かに助けを求めるという考えもない。だから、悩みを誰にも相談してこなかったし、そんな相手もいない。──
そして悩むことのつらさに耐えかねた彼らが訪れたのは「男女共同参画センター」や「『男』悩みのホットライン」という電話相談でした。相談の内容は性、家族に関するものだけでなく「パワーゲーム」と彼らが呼ぶ仕事上のこともあるそうです。寄せられた声からは追い詰められた男性の姿がいやおうもなく浮かび上がってきます。(男女共同参画センターの男性相談は自治体が行うもので全国四十数ヵ所あるそうです)
「更年期の男たち」の章では肉体・生理面から男たちに迫ってくる危機(?)についても詳述されています。今まで正面から考えてこなかったものです。QOLを考える上でも、男性とは何かを改めて考えさせる章です。
男性が初めて直面した“危機”にむきあう姿を追ったこの本を読んでいて思い返します。今でも“男はつらいらしい”のだろうかと。
──当時の社会は苦境からの脱出に向けてまだ少しは希望を抱くことができた状況だったのだ。ところが今はどうだろう。リストラ代行業者まで使って従業員を精神的に追い詰め、自主退職(自己都合退職)に追い込む企業の巧妙なリストラ策によって、また介護離職による孤立や貧困、家庭内での夫として、父親としての自己喪失など、絶望の淵をさまよう男たちは少なくない。──
社会環境の変化にもかかわらず旧態依然たる“規範”だけでなく、「『イクメン』称賛や『介護と仕事を両立して当たり前』といった新たなものまで」加わり男性へのプレッシャーは増すばかりになっています。
ではどうすればよいのか。もちろん社会制度、会社組織のありかたの変化が必要です。
──また妻など身近な他者や社会全体の「男」に対する意識が変革していくことが早急に求められるが、それらをただ待っているだけでは何も変わらない。まず男性自らが己を見つめ直し、現実を直視し、積極果敢に挑み続けるしかこの理不尽な世の中を生き抜く術は見つからないのではないか。──
そのためにもこの本に登場した男性たちの必死さからは学ぶ必要があるように思います。自分が直面しているものの正体を知るためにもきっと役に立つ優れたルポルタージュです。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。 note https://note.mu/nonakayukihiro