「臨床真実士ユイカの論理」シリーズは、言葉の「客観的真偽」と「主観的なウソホント」を見破ることができる大学院生・本多唯花が論理の力で「悪の嘘」を暴く本格ミステリ。ロジックの魅力を最大限に引き出した超絶パズラーです。1月18日に発売されたシリーズ最新刊『ABX殺人事件』とユイカシリーズの魅力について古野まほろさんにお聞きしたロングインタビュー、後編です。
──前作『文渡家の一族』は横溝作品を思わせる舞台設定ですが、先行する作品へのオマージュとして書かれたのでしょうか? このシリーズを書きはじめられた経緯をうかがわせてください。
このシリーズは、まず犯人当ての楽しさ、どんでん返しの楽しさを、できるだけシンプルに描くことを目指しています。
ガチな本格ミステリをやりながら、できるだけ要素を削ぎ落とし、削ぎ落とし、シンプルな「犯人当てパズル」「どんでんパズル」を提案してみたかった。とりわけ、本格ミステリに興味がない方や、これから何か読んでみようという方に、「コア」「型式」「フォーマット」「パターン」を提案してみたいなあ、と思ったのがきっかけです。
──提案、という言葉は興味深いです。
ちょっと傲慢な物言いで、気恥ずかしくもあるんですけど……。 でも、本格ミステリって、やっぱり伝統芸能なので、敷居がたかく見えるし、お約束ごとが面倒な感じもする。歌舞伎だって能だって、きっかけがなければ観にゆかないし、最初いったとき、ちんぷんかんぷんで嫌な思いをしたら、またお金を払おうとは思わないですよね。
けど、解りやすい演目を選んで、ちょっとしたお約束ごとを知っておいて、おまけにナビまでついたら。ひょっとしたら、ものすごく楽しめるかも知れない。そうしたら、「もっと他の演目も観てみたい」「他の役者さんも観てみたい」「有栖川有栖の月光ゲームが読みたい」「綾辻行人の霧越邸殺人事件が読みたい」「竹本健治の匣の中の失楽が読みたい」って、とりわけ私のような10代、20代といった若い世代に、そう思ってもらえるかも知れない。
──今、ナチュラルに悪辣な嘘が……。
いえ全然。とまあ、そんな感じで、このシリーズは「古典的な犯人当て」≒本格ミステリのとてもシンプルな入口となることを目指しています。お約束ごとのガイド、ジャンルへのナビゲーション……といった役割を、ちょっとでも担えたらいいな、という動機がある。いまどき「読者への挑戦状」なんて入れているのは、まさに、歌舞伎のお約束ごとのようなものです。
古典に脚を踏み入れていただいて、ぜひ「次の1冊」をお求めいただきたいなあ、と。
その「次の1冊」っていうのは、私の本じゃなくって、次の本格ミステリ、っていう意味です。私の本でなくてもいいんです、全然。
そう、ガイドですから、古典的な犯人当てそのものへ、言い方はともかく、お客様を勧誘したいんです。私、古典的な犯人当てとどんでん返し、大好きですから。大好きだから、この伝統芸能そのもの、あらゆる演目、あらゆる役者に、お客様を勧誘したい。
マニア意識、タコツボ、閉塞感、自己満足、特権意識、業界内の内輪ウケ……そういうの、私いちばん嫌いなんです。これが伝統芸能だからこそ、いつも、つねに、新しいお客様のことを考えて、古典でありながら新しい、時に極めて純粋な、時にジャンルの壁を超えた、そう古くて新しいものを、お客様に提案してゆかなければならないと思うんです。巨匠でも中堅でも若手でも、このことを痛感しておられる方を、ほんとうに尊敬しています。とても古いことに、とても新しいかたちで、挑戦してゆく方々。そう、古くて新しいことに。
──「古くて新しい」?
そう。古い部分は譲れないけれど、それを現代でやる。若いお客様にも、よろこんでいただく。この目的を踏まえたとき、ユイカシリーズが古典オマージュになるのは、むしろ必然です。
第1作『文渡家の一族』は、もちろん横溝オマージュ。それは、古典としてエッジが立っている金字塔から、古典のエッセンスを採りだし、ものすごく純粋かつシンプルにしたかったから。もちろん同時に、それを現代でやるとしたらどうなるか、提案したかったから。さらにもちろん、僭越すぎますけど、ユイカから例えば『犬神家の一族』に入っていただければ、私がとても嬉しいから。
──すると今作『ABX殺人事件』はもしかして──
そうです。アガサ・クリスティの『ABC殺人事件』を現代でやったらどうなるか。古くて新しくて、でもシンプルなものにしたらどうなるか。
そして例えばそこから『ABC』へ、そして『オリエント急行』『アクロイド』『邪悪の家』『ねずみとり』につながっていったら、ステキだなあと。とりわけ『邪悪の家』ほど、どんでんがおもしろい作品もないですから。
──今回の読みどころを教えてください。
もちろん犯人当てです。本格ミステリは、極端なことをいえば古典的な犯人当てクイズ、殺人パズル。だから、「誰が犯人か?」、これが殺人パズルのコアです。
あとは、「この物語でいちばん邪悪な嘘は何か?」という、ユイカの問い掛け、テーマ。
そして、「いったい何回引っ繰り返るのか?」という、どんでんですね(笑)。
──『ABC殺人事件』を読んだうえで本作を読むと、さらにさらに楽しめますね!
それはもちろんそうです。けれど、読んでおく必要はないです、これは強調したいです。
歴史を題材にした歌舞伎を観るのに、史実をおさらいしておけば役には立ちますが、そんな前提知識がなくても楽しめるのが、よいエンタテイメントで、お客様のためのエンタテイメント。
私がこだわるのは、「読前」ではなく「読後」。
お客様が他の犯人当てに、日本のものでも海外のものでも、誰のものでもいいので、手を伸ばしてくださることが、いちばん嬉しい。そうやって、書き手も読み手もみんなで、もっともっと、このジャンルを盛り上げてゆきたい。そして松明を受け継ぎ、松明を渡したい。お客様と、この火を楽しみたい。私の命の火はもう、ながくありませんが……。
──今年は新本格30周年ですね。古野さんの作品もいつも以上にたくさん刊行されますね。3月には、本格長編『禁じられたジュリエット』が発売予定です。もうひとつの歴史を刻む“日本”の全寮制高校で、女子高生8人が「看守」と「囚人」に分かれて、あるプログラムを遂行する……。これでピンとくる読者の方も多いのではないかと思います。もちろん、本格ミステリであり、青春群像劇でもあります。こちらもぜひご注目いただきたい作品です。『禁じられたジュリエット』に関してもひとことお願いします。
もちろん、『ジュリエット』では古典的な犯人当てがあります。私のこだわりです。
どんでん返し連続技も、狙いたいです。どんでん大好きだから。
けれど、それだけじゃダメです。それだけじゃ、とても足りない。超絶メモリアルイヤーですから。はしなくも、そして名誉なことに、その記念作品のひとつを、お任せいただいたのですから。
だから、新本格30周年を踏まえ、ひとつ、大きなテーマを設定しました。
すなわち、「本格ミステリとはいったい何か?」です。
これを評論・エッセイでなく、作品として、ミステリとして、書き手がお示しする。
これは、新本格30周年の年に、作家10周年を迎えさせていただく私の、10年間の決算で、総括です。ちょうど、専業作家になったときの決算・総括として、『その孤島の名は、虚』を出させていただいたように。
だから、『ジュリエット』はミステリであり、メタミステリ(ミステリそのものを題材にするもの)であり、ひょっとしたらアンチミステリ(ミステリ要素よりも他の文学要素が強いもの)かも知れません。
これを、ガチな犯人当てと一緒にやる……。そのコンセプトそのものが矛盾です。
けれど、「古くて新しい」こと。私の目的と願いとに、ぴったりです。
だから、【1】ガチ本格をやりながら、【2】本格そのものを題材にし、しかも、【3】ガチ本格以上の何かを訴える。
それが成功しているかどうかは、お客様それぞれが判断なさることですが……。
私は今、とても満足しています。これが書けて、ほんとうによかったなと、師匠方にも胸を張って……。いえおずおずと、差し出せる1冊だと思っています。
──最後にユイカシリーズの今後について教えてください。
まだまだ続きます。ユイカ自身の人生の決着も、つけなければなりませんし。
けれど、これを続けるべき本質的な理由は……これが、範とすべき本格があるかぎり、増殖してゆくべきシリーズだからです。
どんどん入口をひろげ、ジャンルの間口をひろげ、でもガチで古典をやる。
そのために、ひとりでも多くのお客様に支えていただければ、と思います。どうぞよろしくお願いします。
──ありがとうございました!!
喋りすぎましたね。
では皆様、もし御都合がよろしければ、メモリアルイヤーの今年は、リアルでお会いしましょう。さもないときっと、次の機会は、また10年後になりますから(笑)。
東京大学法学部卒業。リヨン第三大学法学部第三段階「Droit et Politique de la Securite」専攻修士課程修了。『天帝のはしたなき果実』で第35回メフィスト賞を受賞しデビュー。以降、探偵小説を次々に発表。近著に『ねらわれた女学校』『池袋カジノ特区 UNOで七億取り返せ同盟』『身元不明』などがある。