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「100%論理×SF」の殺人迷宮に挑む!──犯人と勝負する本格ミステリ

「臨床真実士ユイカの論理」シリーズは、言葉の「客観的真偽」と「主観的なウソホント」を見破ることができる大学院生・本多唯花が論理の力で「悪の嘘」を暴く本格ミステリ。ロジックの魅力を最大限に引き出した超絶パズラーです。1月18日に発売されたシリーズ最新刊『ABX殺人事件』とユイカシリーズの魅力について古野まほろさんにお聞きしました。

2017.01.19
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──ユイカシリーズには、論理で解く小説という、大きな特徴があると思います。100%論理で解くパズラーにこだわった理由はありますか?

あはは(笑)。いえ失礼。まず第一に、その「100%の論理」について。

これは95%の論理、あるいは100%の疑似論理、が正しいかも知れません。
もともと本格ミステリには、そういうところがあります。とりわけユイカは、目的のためには手段を選ばないタイプなので、いわゆる犯人当てのプレゼンでも、気付けば唖然とするようなハッタリ、飛躍、あるいはスルーを仕掛けている……。実はそれは、彼女の言葉の端々にも現れています。とりわけ、彼女の「組み立て」には注意が必要です。

彼女は、とても純粋な記号論理の上に、駆け引きとしての、心理学的なトリックを使っている。その「たたみかけ」は、例えばコロンボ的であり古畑的です。だから、95%の記号論理がユイカの「論理」でもあれば、残り5%が「ユイカの」論理でもあります。

もちろん本格ミステリである以上、正解にインチキはありません。どんなルートを使ったとしても、犯人に至るロジックは、必ず組み上げられる。「作品として」そこに誤魔化しはありません。ただ、「作品内で」ユイカがするプレゼンには、注意が必要です。ナチュラルに、悪辣なことを仕掛けますから。

そこに、ユイカと犯人の勝負があり、そして、作者と読者の勝負がある。

だから、殺人パズルで、殺人クイズで、だから本格ミステリ。
……最初に笑ってしまったのは、すみません、とても100%のガチ論理とはいえない疑似論理、ハッタリの部分があるものですから、つい。

──純粋な論理に見せつつ、必ずしもそうじゃない、ということですか? そこにはミステリ的な、いわば騙しがあるというか。

そうです。そしてそれは、ユイカの視点からすれば……彼女が明言しているように、彼女は自分のことを、心理学者であって探偵じゃないと思っているから(彼女は探偵は大嫌いです)。彼女の目的は、「犯人を摘発する」ことよりも、自分の研究室の「嘘コレクション」を充実させることだから。

それはまた、作品を読まれる方の視点からすれば、例えばホームズ、コロンボを楽しむときのように、「あれっ、今の証明おかしくない?」「自分が犯人だったら、今のはこう言い逃れできるのになあ」「でもそうしたらこのユイカは、どういう手に出てくるんだろう?」「たぶんこう言い返してくるな、だけどそれだって……」という、いわば盤外戦・感想戦を楽しめる可能性にもつながります。「ユイカ対犯人」に加えて、リアルタイムで、「ユイカ対読者」という図式になるような、そんなイメージで。

だから、ユイカの物語は、すごく論理的に、ソリッドに閉じているようで、実は読者の方との「対話」に、アクティヴに開かれています。
再読、再々読を強く意識しているからです。それは、物語の強度につながります。

──ユイカは嘘を判別できるので、すぐに事件の犯人がわかってしまうのではないかと思ったんですが……。

編集長さんにシリーズ設定をプレゼンしたとき、そこ、ツッコまれました(笑)。
そりゃそうですよね。誰だってそう思います。
けれど。ですが。
ここからが私のプレゼンの、悪辣な騙しが入るところ……。
いえ冗談。御質問の疑問点は、マジメに説明できます。

そもそもユイカは特殊な障害を負っているので、一定の要件を満たした発言なら、そのウソホントを識別できてしまいます。だから極論、「あなたが犯人ですか?」と訊いて回れば、ユイカにとって犯人はたちまち明らかになる、かも知れません。ただ、これが極めて悪い手筋であることは、ユイカ自身が作品内で語っています。

というのも、ですね。
まず、誰がユイカの言うことを信用してくれるでしょうか? 彼女の障害そのものが、この世界のチートであり、バグです。彼女はそれを「呪い」と感じ、まさか他人には説明したくない。でも、彼女が犯人を指摘しなければならないシチュエイションになったら? それができるのは、彼女だけだったら?

そのとき彼女が必要とするのは、そんな巫女のお告げではなく、客観的な証拠であり、論理です。それでしか、犯人当てのプレゼンのとき、ギャラリーを、つまり陪審員を納得させられないから。こうしたことから、彼女にとって、「あなたが犯人ですか?」という方法論は(ひょっとしたら、事件の最初にとっているのかも知れませんが)ものすごく小さな必要条件の1つに過ぎません。彼女だけが分かっても仕方がない、という意味で。

──なるほど。ユイカはとても便利な能力を持っていて、それで犯人が分かるかも知れないけれど、それを犯人当てには使えないと。それも本格ミステリ的ですね。

そうなんです。まさに、そう、西澤保彦先生の描く能力・状況にとても近い感じです。能力・状況があるからこそ、よりいっそうロジックが必要になってくるというか。
そこに限界と制約があるから、本格ととても馴染みやすい。食べ合わせがとてもいい。
だから、さっきとは違う限界と制約からも、「ユイカ質問問題」の説明ができます。

例えば、さっきみたいな「あなた犯人?」という質問を繰り返していれば、第三番目の登場人物、第四番目の登場人物に話を聴く段階で、口を閉ざされてしまうでしょう。誤魔化されるかも知れない。例えば「そんな……!!」とか「何を言っているんです!!」と誤魔化されたら? そんなフレーズにウソホントはありませんから、ウソ識別も何もないですよね。もちろん、黙って首を振られたりしても、そのウソ識別はできません。よって「あなたが犯人ですか?」という方法論は、彼女にとってはむしろ悪い指し筋になってしまいます。彼女自身が自分の手脚や情報量を縛ってしまう、という意味で。

──能力バトルもの、異世界ものが人気ですが、考えを進めてゆくと、実はミステリとすごく相性がよさそうです。

そうですね。ユイカを特殊能力の持ち主ととらえ、そこに興味を持って読んでいただくのもすごく嬉しいです。そして、「なるほど、いろいろ考えてみると能力があるっていうのも大変だな」「特殊能力と現実世界の折り合いをつけるっていうのは、なかなかおもしろいな」「SFかと思ったら、すごくガチな謎解きだな」などなど、いろいろな読後感を持っていただければいいなと思います。

あと、「ユイカ質問問題」の最後ですが。
さっき、変な質問をすると情報量が縛られる、といいました。この「情報量」のところは、彼女にとってとても大事なんです。

というのも、彼女の目的は……。犯人を摘発して、犯人を処罰してもらうことでも何でもなく、自分の研究室の「嘘コレクション」を充実させることだから。その犯人の嘘が、彼女の生涯の研究テーマにとって意味があるか、価値があるか。それこそユイカが、探偵まがいのことをする動機です。だから彼女にとって美味しいのは「物語」「事情」「嘘としてのクオリティ」。これを、関係者の様々な証言=フレーズから、編み上げて見抜いて評価してゆかなければ、研究者である彼女にとっては、何の意味もない。だから、できるだけたくさんの物語を、警戒させないで、関係者に語ってもらう必要がある。そんなときに「あなたが犯人ですか?」なんていう手は、あまり賢くはないですよね。彼女の目的を妨害してしまう、という意味で。

──特殊能力ものであると同時に、いわば「特殊目的もの」でもあるんですね?

そしてもちろん、直球の、犯人当てパズルであると。それがユイカシリーズです。

──シリーズを通してユイカは「悪の嘘」を「ヒトを家畜にする嘘」と呼んで、強い関心を抱いていますが、この「悪の嘘」がどんなもので、このシリーズでどんな役割を果たしていくのか少しだけ教えてください。

その「ヒトを家畜にする嘘」、そしてそれを研究する「悪の心理学」は、臨床心理学者であり社会心理学者であるユイカ生涯の研究テーマです。裏から言うと、ユイカは、これをコレクションして研究するために、フィールドワークをする。それが、ほとんどの場合、犯人を摘発してしまうことになるでしょうが(犯人の嘘をあばくことになるので)、ユイカにとって大事なのは犯人とその罪・嘘よりも、その罪・嘘が「ヒトを家畜にする嘘」かどうかなんです。このあたりに、彼女は学者として、異常といえるほどのこだわりを持っています。

──犯人に興味がないのに、殺人事件に関わってゆくのは何故ですか?

彼女が殺人事件に関与することが多くなるのは、殺人こそが、「被害者のあらゆる可能性を強制的に消し去る」行為で、つまりは、被害者を永遠に自分の奴隷にする行為だから。それこそが「ヒトを家畜にする」行為だから。

当然そこでは、ユイカの望む「嘘コレクション候補」の出現率が、たかくなります。
すると彼女は動く。研究者として。

──探偵でもないのに。

そう。まして警察みたいに権限もない。だから、やっぱり武器は論理になる。

──だから論理を武器にして、「ヒトを家畜にする嘘」を、集めてゆくと。

まさしく。
第1作『文渡家の一族』では、ひとつの財閥一家を、そのすべての家族を、はたまた犯人をも、何年も何年も呪ってきた恐ろしい嘘がテーマとなりました。それが嘘コレクションに加わり、ユイカは(研究者として)御満悦です。

そして第2作『ABX殺人事件』では、おそらく、他人を道具とすることに何の躊躇も罪悪感もおぼえない、その意味で他人を自分の奴隷としてしまう、そんな嘘吐きと対峙することになるでしょう。それがユイカの求める嘘であって、ユイカがその全貌を見破ることができれば、また彼女の嘘コレクションが、充実することになる。

──その研究テーマとか、「嘘コレクション」に、そこまでこだわる理由は何でしょう?

実は彼女自身が、その生い立ち上、そうした嘘にとらわれた、悲しい被害者だったからです。彼女の作品内における説明によれば、そうです。

だからユイカは、自分を呪ってきた恐ろしい嘘、自分を家畜にしてきた嘘に死ぬほどの興味を持った。だから「何故ヒトはそんな嘘を吐けるのか?」「何故ヒトはそんな悪になることができるのか?」「そのような邪悪な嘘から、ヒトは救われることができるのか?」を生涯、研究しようと決意した。

そう、それがユイカのテーマ、「悪の心理学」です。

──それはまた、ユイカシリーズのテーマでもありますよね。

そうです。ユイカのテーマであり、このシリーズをつらぬくテーマです。
読者の方と作者の視点からいえば、このシリーズでは、必ず「大きな嘘」「悲劇的な嘘」「どうしようもない、人の悪の発露としての嘘」が、最終の解決として取り扱われます。

フーダニットに特化したミステリのようでありながら、実は、「この物語でいちばん大きな嘘は何?」「許してはいけない悪とは?」というのも、このシリーズお決まりの問い掛け。それを一緒に考えてゆけたらいいな、と思います。人の悪と、だから、正義について。

⇒後編に続く

古野まほろ(ふるの・まほろ)

東京大学法学部卒業。リヨン第三大学法学部第三段階「Droit et Politique de la Securite」専攻修士課程修了。『天帝のはしたなき果実』で第35回メフィスト賞を受賞しデビュー。以降、探偵小説を次々に発表。近著に『ねらわれた女学校』『池袋カジノ特区 UNOで七億取り返せ同盟』『身元不明』などがある。

『臨床真実士ユイカの論理 ABX殺人事件』書影
著:古野まほろ

この世の病理「悪の嘘」を暴く本格ミステリ!

言葉の真偽と虚実を判別する瞳を持つ臨床真実士、本多唯花の元に届いた挑戦状。差出人ABXの予告通り、赤坂で頭文字Aを持つ少年が殺された。連続殺人を勝負に見立て、ABXは唯花を挑発する。1週間後、第2の殺人が起こり頭文字Bの女性が被害者となる。現場に残された、犯人の署名ともいえる遺留品の意味は? ABXの仕掛けに隠された嘘を、唯花の論理が解き明かす。

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